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ドライマンゴー 

最近のお気に入り。
LAWSONのピュアドライマンゴー。
無添加無糖のありがたいおやつ。

ピュアドライマンゴー

いわゆるスイーツを受け付けなくなってから小腹がすいたときにつまむものに困っていたんですが、
これを見つけたときは「ハラショー!!」と叫んでいました。
だって、ドライフルーツ、特にマンゴーは無糖ではなかなか売ってないんですもん。
一袋30gで、食物繊維も取れるし、βカロチンとか葉酸とか、
最近話題の栄養素なんかも含まれていて、ちょっとしたおやつに最適。
LAWSONへ行くたびに買ってしまいます。
車の中にも非常食として常備しました!
まとめ買いしたいところだけど、買っちゃうと食べ尽くしちゃいそうだから我慢。
それほどのお気に入りです。
[ 2018/01/30 00:02 ] 食・グルメ | TB(0) | CM(0)

萩尾望都 著 『ポーの一族』 

『ポーの一族』が宝塚で上演されるのを機に、原作を読んでみました。
萩尾望都作品は、『半神』、『トーマの心臓』、『ゴールデンライラック』などを読んではいるのですが、
有名な『11人いる!』や、この『ポーの一族』は手を出さずじまいでした。

ポーの一族
ポーの一族 (小学館文庫) 全3巻セット


観劇前にあまり知識や感情を持ちたくないので、
さらっと一度読んだきりのざっくりした感想です。

読み始める前に「ポーはBL作品の先駆けだよー」的な知識を植え付けられてしまったので(苦笑)、
「そうなのか?」という先入観を持って読んでしまったというのがあるのですが、
最初の感想は「全然BLじゃないよ、これ!」でした。
確かにエドガーとアランの関係は、そこにBL的要素を見出したり、
BL的な感情を探ったりすることは不自然ではないのだろうと思いますが、
果たして作品としてそこを狙っているのかといったら、全然違うと感じました。
まあ私自体、BLに対する感性が多分恐ろしく鈍いので、
「なぜわからないー!」と言われてしまったらそれまでなんですが。

じゃあふたりは何なのかというと、結局互いに「メリーベルの代わり」なんですよね。
エドガーにとってのアランは「永遠に失われた、命にも代えがたい妹の代わり」であり、
アランにとってのエドガーは「二度と会うことのできない、永遠の憧れの少女の兄」なんです。
ふたりとも大勢の中にあって異質な存在であるがゆえの「孤独感」を抱えており、
その闇が惹かれ合う原因ともなってはいるのですが、
ふたりを最もつなぎとめているのは「メリーベル」であって、単純な愛情とかじゃない。
だから、最後にアランは消滅するのです。
メリーベルではない、エディスという愛しい存在を見つけたとき、
この一連の作品におけるアランの役目は終わったのであり、彼は消えるしかなかったんです。
「メリーベルの代わりなら、少年同士にしなくても、別な少女でもいいんじゃないの?」
そういう考え方もあるかもしれないと思ったのですが、やっぱりそれじゃダメなんですよね。
メリーベルという純粋無垢な女神のような少女の代わりが、同じ「少女」という存在じゃ、
メリーベルの神聖さみたいなものが打ち出されないんだと思います。

この作品が長い間「名作」として読み継がれてきたのは、
「この世の存在はみなひとしく孤独である」という普遍的な思想を、
少女漫画として描いている点にあると思います。
そしてバンパネラ(バンパイア)という存在、舞台設定の面白さは言わずもがなですが、
その上であえて作られている、物語上の「膨大な余白」のせいなんじゃないかとも思いました。
作中にすべてが書かれているわけではなく、解釈の仕方は色々ありそうで、
考えても答えの出ないこともあります。
でもそれが「ツッコミ」ポイントにはならないんです。
むしろその「謎」や「余白」といった「考えさせる余地」が物語に深みを与えているんです。
だからこそBLという解釈もまた、受け入れられるんですよね。

南野陽子さんがいつだったか、
「最近の歌は、歌詞に何でもかんでも歌いすぎてつまらない」
というような内容のお話をされていました。
私これ、ものすごく納得したのですが、まさにそういうことだと思いました。
「描かれていないからこそ想像が膨らみ、気持ちが揺さぶられる」ということもあるはず。
となると、この余白だらけの「ポーの一族」を、
あの小池先生がどう解釈し、どう宝塚的に舞台化してくるのか。
私の観劇はまだまだ先ですが、待ち遠しいです。
[ 2018/01/20 15:46 ] コミックス | TB(0) | CM(0)