「雲奔る」 藤沢周平 著 

「雲井龍雄」という人を知ったのは、上杉博物館でこの春開催された、
「特別展・上杉伯爵家の明治」の内容に目を通していたときでした。
出品目録に雲井龍雄の「討薩ノ檄 草稿」というのを見つけ、興味を持ったのです。
実際に博物館でこの草稿を見たとき、その几帳面で線の細い筆使いに、
ふとある人物を思い出しました。
それはルイ・アントワーヌ・レオン・ドゥ・サン=ジュストというフランスの革命家です。
サン=ジュストはフランス革命初期にロベスピエールと共に活躍し、
彼の初演説が国王ルイ16世の処刑に繋がることになります。
彼は小説や詩を書き、演説を打って名を馳せました。
恋人が自分を振って他の男と結婚してしまったことから、
後に彼女をモデルにきわどい小説を書いたこともあるようですし、
かなり激しい性格の持ち主だったんじゃないかと思います。
その美貌は有名だったようで、しかしその顔の下には冷酷な一面が隠されており、
「革命の大天使」とか、「死の大天使」とか呼ばれているくらいですから……。
「ベルばら」読者には、「花のサン=ジュストくん」としておなじみですよね。
「革命は詩人を生む」の言葉通り、フランス革命にはサン=ジュストがいたわけですが、
それでは、この日本を二分した戊辰戦争のときに古今檄文中の白眉とまで言われる、
「討薩ノ檄」を綴った雲井龍雄という人はどういう人物だったのか。
そんな非常に長い過程を経て、手の取ったのがこの小説でした。

雲奔る―小説・雲井竜雄 (文春文庫 (192‐4))雲奔る―小説・雲井竜雄 (文春文庫 (192‐4))
(1982/01)
藤沢 周平

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この小説からは、雲井龍雄の焦燥感が痛いほど伝わってきます。
幕末の嵐が吹き荒れる中、山に囲まれた米沢の地で悶々としている雲井龍雄。
血の滲むような努力をして学を修め、
この時代、己も何かをなさねばならないと思っているのにその機会がない。
江戸へ出て様々な交流を重ね、やがて米沢藩のために活動する地位を得るも、
彼のやることなすことすべてが思うようにかみ合わない。
「薩摩憎し」で過激な行動をとるも、時の主導権はすでに薩摩の手に移りつつあり、
彼の生死を賭けた奔走は実を結ばない。
死に赴くとき、「―ついに何ひとつ実ることなく、こうして檻車に揺られている」と、
雲井龍雄は深い無力感に襲われます。(P288)
米沢という山間地に押し込められている逼塞感と、何かをなさねばという焦燥感が、
雲井龍雄が何かに追われるように討薩にのめりこんでいった原因でもあるのかもしれません。
雲井龍雄が幕末の舞台に上がったとき、すでに芝居は終幕間際であり、
彼がいかに動こうと、物語を覆すには遅すぎたのでしょう。
苦悩に満ちた報われない人生であったかもしれませんが、
彼は彼の人生を生ききったと、私は最後に思いました。

雲井龍雄はサン=ジュストのように冷酷な顔は持っていませんでしたが、
己の信じたところを突っ走る姿には何か共通するものを感じます。
革命時の詩人は、やはりどこか似たものを持っているのかもしれませんね。

4 Comments

Aki_1031  

雲井龍雄…!!!
ツボです(笑)。庄内が生んだ文豪・藤沢周平氏が
雲井さんについて書かれた本があったんですね。
彼は頭もめちゃくちゃきれるし、激情家でもありカリスマ性も持っていたので
敵方からは脅威とみなされていたのでしょうねぇ…。

南千住に程近い小塚原に雲井さんや松陰センセ等のお墓があり
一度訪れたことがあるのですが、かつて処刑場だったためか(現在は墓地)
友は数日間「肩が重い……憑かれたっぽい」と言っていたのを思い出しました(苦笑)。
その時ほど“そーゆー体質”ではない自分を喜んだことはありません~!(泣笑)

2008/10/27 (Mon) 11:20 | EDIT | REPLY |   

元康  

ジリジリ

という形容詞がほんとにマッチするというか・・・
焦燥感の塊のような小説ですよね。
幕末期の奥州側の歴史は、知れば知るほど不憫に
なってしまいます。

サン=ジュスト君は・・・
歴史の結果から見ると、長州の桂サンでしょうか。
三傑の仮面の下に、会津に対する冷酷な仕打ちが・・・。
とすると、ロペスピエール君は、
薩摩の大久保サンですかね~。

2008/10/27 (Mon) 21:52 | REPLY |   

カタリーナ  

■Akiさん

こちらの本は、幕末情勢なんかも非常に丁寧に記述されていまして、
一見小難しそうな印象もあるんですが、
藤沢周平の穏やかな文章の中に、めまぐるしく変わる時代の動き、
人々の激しい感情が描かれていて、オススメだと思います。
Akiさんのところでよく拝見する幕末の方々も、チラホラ登場します。
雲井さんはやはり激情家でいらっしゃいましたか。
そういう人だからこそ、人を動かす文というものが書けるのかもしれませんね。
サン=ジュストしかり。

小塚原の刑場だけでなく、戦場跡だとか人が無念に亡くなっていった場所は、
何となく神経がいつもと違う状態になりますね。
私もありがたいことにそーゆー体質ではないのですが、
自分が意識するせいか神経が立ってるのはわかります。
でも1度だけ、学生時代にアパートを探していて、
見学してみて「ここ絶対なんかいる!」と思って断った経験があります。
ものすごく条件が良かったので大家さんも不動産の方も不思議がりましたが、
「絶対に住めない!ムリ!」と思って断固拒否しました。
理由が理由なだけに、断るのが大変でした><

2008/10/27 (Mon) 22:29 | EDIT | REPLY |   

カタリーナ  

■元康さん

戊辰の奥州は、やはり薩長に比べて準備不足であったのが何よりも大きな痛手だったと思います。
異国との接触があった西方との土地柄の差も影響しているでしょうし……。
奥州諸国が最初は戦争を避けるために寄ったことを思うと、
後の展開に胸が痛くなりますね……。

サン=ジュストくんは幕末でいうと高杉晋作のようなイメージもありましたが、
桂さんもしっくりきますね。
ロベスピエールが大久保さんだとすると、
西郷さんはダントン辺りでしょうかね~。

2008/10/27 (Mon) 23:02 | EDIT | REPLY |   

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