天地人リレー講演会も、早いもので10回目。
全15回のうち13回制覇すると記念品がもらえるそうですが、
皆勤賞をもらう方が何名くらいいらっしゃるのか興味深いところ。
私はあと3回参加予定なので、参加率5割ってところですね。
自分としては健闘したほうかな。
さて今回のテーマは
「上杉景勝時代の村上」。
新潟県村上市を中心とした一帯は、
戦国期、揚北(あがきた)と呼ばれ、独立心の強い国人たちが割拠していました。
そんな地域が、謙信〜景勝という越後上杉政権が確立されていく中で、
どのように上杉氏の領国支配下に組み込まれていったかというお話でした。
それに付随して、村上の町の成立についても触れられました。
中でも特に庄内地方の話は興味深く拝聴。
関ヶ原以前の上杉氏は庄内地方もその支配下に収めています。
戦国期、
庄内(鶴岡)を治めていたのは大宝寺(武藤)氏です。
大宝寺氏は庄内を狙う最上義光に対抗すべく時の人・織田信長と結びますが、
他家の影響が及ぶことを嫌った庄内諸将・土豪が離反し、信長の死後、
最上義光に攻められ大宝寺家当主は自刃。
跡を継いだ弟は、対最上路線を強固にするために、
縁のあった越後・村上の本庄氏から養子を受け入れ、協力体制築くものの、
「越後の余所者なんか受け入れられるか!」と、これまた
国人が離反し、
そこを再度最上義光につけ入れられ、またもや当主が自刃。
最終的に庄内地方は最上氏の手に落ちてしまいます。ところがここでも庄内の土豪たちは
「最上も嫌だ!」と反抗します。
そこへ、この機を逃すまじと、村上から本庄氏が、
主君・上杉景勝の力を背景に庄内奪還へと動きます。
本庄氏としては、大宝寺氏に養子入りしていた息子を追い払った最上勢力への恨みもあり、
激戦の末最上勢を破り、ようやく庄内地方をその手中に収めました。
といっても、本庄氏は上杉家臣ですから、
実質的には上杉氏の領国という意味なんですけれども。
その後本庄さんはわけあって蟄居させられてしまうので、
結果的に本拠地村上も庄内も、上杉景勝が支配することになり、
上杉氏の領国支配体制がますます堅固なものになっていったんですね。
もちろんそれには豊臣秀吉の力が大きく働いたわけですが、ちょっと割愛。
しかし……関ヶ原後、ここ庄内は最上領になっちゃうので、
結果的に庄内というのは最後まで上杉と最上が奪い合った土地ということになりますね。
土豪が余所者の支配を徹底的に嫌ったことや、庄内平野があることからも、
かなり美味しい土地だったんでしょうね〜。
なんか村上から話が外れちゃいましたが、
庄内の話は国取り合戦の縮小版のようで、熱い戦国の息吹が感じられました。
けれども、実は最もツボったのは謙信の跡目争い「御館の乱」。
今回もメインではない御館の話にかなりの時間が割かれたんですが、
やはり上杉家を語るのに、
避けては通れぬ大スペクタクル事件なんでしょうね。
「御館の乱」は、謙信に実子がなく、それでいて2人の養子を持ちながら、
後継者を決めていなかったために起きるのはご存知の通り。
謙信が生涯不犯だったのは、宗教とか神とかそんな大層な理由ではなく、
単純に女より男、
イケメンの美少年が好きだったからであり、
後々問題になるであろう北条家からの養子(三郎)を同盟崩壊後も手元に置いたのも、
政治的意味合いというよりも三郎が好みのタイプだったから。
全く個人的な趣味に走った結果がお家騒動に繋がったと、講師の先生がはっきり仰ったのです。
趣味に走った結果。いやー、言い切っちゃっていいんでしょうか?(苦笑
跡継ぎを作れと迫る直江景綱@西岡徳馬さんと、
「嫌じゃ」とごねる謙信公@がっくんの会話が妄想されてなりません。(爆
でもそれだと、謙信の領国支配はかなり危ういんじゃないかと思うんですが。
「わしの跡は、実力のある者が継げばよいのじゃ!」とか思っていたのであれば、
それはそれでまた別な話であろうと思いますが、
趣味(?)と政治を切り離せないでいたとなるとそれは問題なのでは……。(汗
どの先生も、皆さん何がしかツボにはまる発言をなさいます。
だんだんそっちが楽しみになってきました。(苦笑
来週はいよいよ「直江状」がテーマです。
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