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天地人リレー講演会 第5回 

今日スーパーでお茶を買おうとして、「昆布茶」を「布茶」と見間違えてしまい、
とうとう錯覚症状もここまで来たかと、自分自身でも呆れてしまったのですが、
とにかく昨日南魚沼市まで行きまして、参加して来ました「天地人」リレー講演会第5回。

看板


講演が「上杉景勝・直江兼続と上田衆」という、地域限定テーマでしたので、
ご当地の方々には特に興味を引くものであったのではないかと思います。
上杉景勝公は上田(現南魚沼市&塩沢町付近)の長尾氏の出身です。
この上田出身者で構成されていたのが上田衆で、
景勝公時代の上杉氏を語る上では、絶対に外せない軍団です。
また景勝公には、居城坂戸城から春日山城へ入る際に謙信の命によって、
50人の精鋭からなる上田五十騎衆というのがつけられたとされております。
お膝元上田の出身で人柄と家柄の良い者を選んだという点でも、
王太子付き近衛連隊みないなものだったのではないでしょうか。
つまり景勝政権には故郷上田の影響が色濃いわけですが、
そうした上田出身の者たちと景勝公との関わり、広くは上杉家における存在については、
先輩カゲカツィストのびびんばさんが「己鏡」で簡潔的確にレポしておられるので、
そちらを読んでいただくことにして……。(丸投げっ・汗)

私はそのびびんばさんから受けた指令(?)に応えようかと思います。
今回お話しいただいたことは、どれもまだ研究の途上にあるということでしたが、
講師の方がふと漏らした言葉が気になりました。

「上杉景勝は、本当に無口だったのでしょうか?」

無口無愛想といえば上杉景勝公の専売特許みたいなもので、
どの小説でもそれはキャラクター作りに反映されていますし、
今現在、無口でない景勝公という人物像を抱いている人は、
ほとんどいないんじゃないかと思います。
しかし、上杉景勝は無口だったとする同時代の史料はなく、
講師の方は本当にそうだったのかと、疑問を呈しておられたのでした。
上杉謙信が後継者を決めずに突然死したために、
養子の上杉景勝と上杉景虎が、その座をめぐって争ったことは周知の通りです。
このとき景勝公は170通にも上る文書を発して、
指示徹底、叱咤激励、情報収集などに努めています。
上田庄は隣国、特に関東方面への要地にあたり、ここを死守することは絶対でした。
ところが乱が始まって半年、上田の城の一つである樺沢城が景虎方に取られてしまいます。
それから2ヵ月後、この一帯の城将にと派遣していた若い家臣2人に、
景勝公は手厳しい手紙を送っています。

「君たちをトップとしてその地を任せたのに、これまでの働きぶりはいったいなんなんだ!
大きな子供みたいだとみんなが言っているぞ!
どれだけやってくれるかと思ってみれば、計略には欠け、ぐずぐずしてばかりでがっかりだ。
計策にしろ兵糧にしろ、取り掛かるのが50日遅いんだよ!……」
(完全に意訳です)

出だしからずっとこんな調子で非難を続けているのですが、
文書の後半では「兵糧の件は手配するから、上田の備えはしっかり頼む」とフォローも忘れません。
ここまで怒りのままに筆を走らせ、且つフォローも盛り込む景勝公が、
「果たして無口だったのか?」と講師の方はお話されていたのですが、うーんどうでしょう。
私はむしろ普段言葉が足りない分、文書では言葉を尽くして書いたようにも思えます。
しかし、無口な主君を直江兼続が常に代弁(苦笑)していたというのも納得しがたいですし、
無駄口は叩かないが、言うべきことはきっちり言う御仁だったのかもしれません。
そうでなければ戦国から泰平への過渡期を、乗り切るのは無理じゃないかと。
ただ、景勝公≠無口という観点で史料をあたったり、発給文書を読むことは、
固定観念を捨てる意味でも面白いと思いました。

またそんな景勝公に関して、あるエピソードが紹介されました。
後継者争い終結後の論功行賞に不満を持った者の復讐に巻き込まれて、
当時の直江家の当主直江信綱が斬殺されてしまいます。
これが直江兼続誕生の直接的なきっかけになるわけですが、このときの殺戮劇を、
「(景勝)公も此ヲ聞達シ玉ヒ、障子ノ隙間ヨリ見物シ玉ヒテ」
いらっしゃるのです!!!
この復讐劇を聞きつけた家臣が実行者を押さえるために現場へ走るのと同時に、
主君景勝にことを告げるためにも別な家臣が走ります。
そしてこれを聞いた景勝公、御自ら現場へ赴き、
そこで繰り広げられる成敗の模様を「障子の隙間から見物」していたというのです……!
上杉家の正式な家史とされている「上杉家御年譜・景勝公」に、そう記述があるとのこと。
もちろんこの御年譜とて江戸時代に編纂されたもので、その記述を鵜呑みにはできませんが、
その場面を想像してみると、空恐ろしい感じがいたします。
というのも、この復讐劇で謙信時代からの家臣が3人も消えたのです。
前回の講演会において結論付けられた、
「上杉景勝の越後統一は、国を謙信色から景勝色に変えることだった」
というのを正しい見方としてみますと、
障子の隙間から伺う景勝公の心に去来するものは何であったか、考えさせられるものがあります。
講師の方は「『家政婦は見た!』みたいですね」なんて仰っていましたが、
私はそれよりもはるかに強い、戦国領主としてのしたたかさ……みたいなものを感じました。

来週の講演は第6回「上杉景勝と兼続・お船」です。
[ 2008/07/07 01:01 ] 天地人 | TB(0) | CM(16)
無駄口は叩かないが、言うべきことはきっちり言い、
物陰からじっと見る、まるで星飛雄馬のねーちゃん(古)のような
北村景勝さま…!(笑)
想像すると、ちょっとトキメいてしまいます(え)。

「無口だった」ことの史料裏付け取りは非常に大変だろうと思います。
おしゃべりだったことを裏付ける方が、遥かに簡単でしょうね(苦笑)。
結局は現在手にできる史料から憶測するしかないのですが、
だからこそ色んな説にもめぐり合えて面白いかもしれませんね~vv
そー来るか!みたいな(笑)。
[ 2008/07/07 13:04 ] [ 編集 ]
家政婦は見ていた・・・(爆)
星明子姉ちゃん・・・(笑)

武田軍からのソーゾーだと、こうだぁ!

腹話術の人形@「ザ・マジック・アワー」の七三分けの妻夫木クンの兼続(噴飯)
それを操る腹話術師@黒いいっこく堂と呼ばれた(笑)北村景勝サマ・・・(惚)

こんな、妄想が膨らみましたが、方向性まちがってます??(照)
[ 2008/07/07 17:34 ] [ 編集 ]
先日、某「北の王国」の作家先生の講座に参加してきたのですが
そこで先生は「直江さんこそ真の漢」みたいな発言をされてました・・・
が、カタリーナさんの記事から読み取れるのは
「景勝さんも立派な漢」であった
ということでしょうか?

謙信急死後、春日山城の財や武器を押さえてしまったのも
某先生が繰り広げていたような・・・
単純に直江さんだけの功績とはいえないような
 #というか直江さんって
 #そのタイミングではさほど重く認められていなさそうですね

小説での定説と史実にはズレがあるような気がいたします。

景勝さんは本音は用意には漏らさないかもしれませんが
ちゃーんと上杉家内を見守っていたタイプなのかも・・・
 #見守ると監視は違いますよね?
[ 2008/07/07 18:25 ] [ 編集 ]
史料の裏づけが無いとしたら・・・
何故「景勝は無口」というのが通説になったのかにも
興味が湧きますね^^

ただ、謙信の跡継ぎ、という立場を考えると、
己を厳しく律していたイメージがあるので、
書状はともかく、饒舌だったという感じには
思えないです^^;;
[ 2008/07/07 21:39 ] [ 編集 ]
馬鹿笑いをしているお隣で、深く講座の内容を分析されていたのですな!^^;;;

「本当に無口?」
と言う話の時は・・・・
「無口の人が、あんな手紙を書きますか?」
と仰った時に、私は
「口べたな人ほど、筆上手な人が多いと思うのだが・・・」
と思って聞いていました

口述の能力=文章の能力
と、とらえている研究者が多いのですが
この先生もそうなのかなあ・・・・と思っていました
(↑これは、講演会内容とは関係ないことですが・・・・)

といっても・・・・確かに文献などの証拠がないので
「上杉景勝は、言い伝えのように無口であった」
という事は出来ませんけどね~^^;;;
[ 2008/07/07 22:11 ] [ 編集 ]
再々度、失礼します♪(恐縮)

武田軍・間者(患者?)、8月に新潟、見参!(予定)
でも、新潟の何処へ行けばいいのぉぉぉ~??(←未だ、この程度)

そっと、家政婦は見ていたみたいに(笑)行列を拝見します。。(^^)
[ 2008/07/08 21:25 ] [ 編集 ]
先日、それがしのブログにて開催した
「ユーロ2008決勝スコア予想祭」
の、献上品の用意が整いましたゆえ、
差し支えなければメールにてご送付先をご連絡いただければ
幸いです。
[ 2008/07/08 21:55 ] [ 編集 ]
昆布と毘布…

確かに似てますね。
線が一本あるかないかw

上杉軍繋がりで最近は愛の字を見ると
どうしても直江さんを連想してしまいます。
[ 2008/07/08 22:44 ] [ 編集 ]
星飛雄馬のねーちゃん……確かにいつも物影から見てましたね~。
しかし優しい明子ねーちゃんと違って、景勝公は眉間に皺が。(爆

見れる史料も、限られていますよね。
特に信憑性のある一次史料は、素人にはなかなか目にできないですし。
誰かの手紙に「上杉中納言無口につき……」なんて書いてあれば、決定的なんですけどね~。
来年あたり、新しい史料が発見されないかしら。
[ 2008/07/08 23:45 ] [ 編集 ]
やっぱり明子ねーちゃんですか。(爆

「ザ・マジック・アワー」を見ていないので、うまいこと想像できないんですが、
腹話術ということになると、腹話術師の兼続が、
景勝の人形を持ってしゃべるというのが通説のイメージではないかと。
ただ、ブッキーと北村さんだと、
どうもそのイメージが逆転してしまうのは認めます。(苦笑
[ 2008/07/08 23:49 ] [ 編集 ]
おお、「北の王国」の先生のお話を聞かれたのですか!
それはいろんな意味で興味深いことです。
直江公は確かに良き家臣だったとは思いますが、
やはりそれは主君が景勝公だったからだと思うんですよね。
もちろん景勝公にしたところで、直江という家臣がいたからこそ、
乗り越えられたものがたくさんあるとも思いますが。
でも最終決断を下すのは景勝公だし、仰るように、
「景勝公だって漢であった」とワタクシは思っております。
御館の乱のときは、実際兼続公にそれほど実権があったとは思えませんねー。
若干19歳の、しかも近習。
景勝公の支えであったとは思いますが、小説で書かれているほど動けたかどうか。
裏の参謀ではあったかもしれませんけど。
小説にしろドラマにしろ、ドラマ性が大切ですからいろんな味付けがされますね。
来年は何味になるんでしょう。
闇鍋みたいにならないことを祈ります。(恐
[ 2008/07/09 00:03 ] [ 編集 ]
>何故「景勝は無口」というのが通説になったのか
そこが知りたいですね。
先生はやはり江戸期の軍記モノか何かに書かれているようなことを仰っていましたが、
軍記モノに信憑性はないとはいえ、そういう記述が残る何か……、
例えば同時代のエピソードなり文書なりがあったんでしょうかね~。
確かに言動が派手な景勝公というのは全く持って想像外ですが、
もしそんな物的証拠が出てきたら、それはそれで面白いかもしれません。
個人的には嫌だけど。(苦笑
追記の件、了解しました!

[ 2008/07/09 00:10 ] [ 編集 ]
内容を分析…以前に、「記事にしなければ!」という思いから、
一生懸命聞いていただけにございます。(苦笑

>「口べたな人ほど、筆上手な人が多いと思うのだが・・・」
やはり同じ様なことを考えておられましたか!
口述の能力=文章の能力ととらえている研究者が多いというのは知りませんでした。
文章が巧い人が話も巧いとは限りません。
話が面白いからといって、文章が巧いとも限らない。
それは多分、普通にみんな感じてることだと思うのですが、
研究者の方々はそうではないのですかー。
そんな単純な解釈でいいの?っていうのは素人なんですかねー……。
景勝君が無口か否か、物的証拠が出てきたらセンセーショナルですね~!
[ 2008/07/09 00:17 ] [ 編集 ]
昆布と毘布、賛同いただいてありがとうございます。(笑
景勝が「けいしょう」と読めなくなったのがレベル1だと思いましたが、
更に症状が進んだようです。(苦笑

「愛」は私も、どんな字体で見ても直江公を思い出しますねー。
人は物事を知っているものと結びつける傾向がありますから、
これもしかたないことと諦めております。(苦笑
[ 2008/07/09 00:22 ] [ 編集 ]
腹の中をベラベラとしゃべってしまうタイプというのは・・・出来る人間かどうかは疑問です、私の中では

入念に戦略を練って実行に移すタイプであれば
心積もり・腹積もりは腹心にしか、話せないと思うのですよ
敵方に作戦を読まれても困るわけで・・・
そもそも誰が敵か味方かもわかりづらい戦国時代。
当主その他、簡単には本音は漏らさないでしょうね。
よって、景勝さんは無口、というイメージが成り立ったのでしょうか?
 #わかりやすい話ができることと、口がうまいのとは別問題。
 #文章がうまいのと、能弁なのも別の話。

個人的な好みからいえば、男性はやはり不言実行(笑)です。
Dモン先生のお話についてはまたメールいたしますね♪
[ 2008/07/09 22:41 ] [ 編集 ]
木暮さんのご意見、一理あると思います。
しゃべりすぎは信用問題に関わります。
自己抑制ができないという面でも、出来る条件には当てはまらないかもしれませんね。
景勝公=無口という図式がいつどのようにして出来上がったのかわかりませんが、
その原因は本来の性質というのが大きく占めているような気がします。
時代背景や謙信の後継という立場、パパの疑惑死などは、
その性質を更に膨らませたでしょうね。
メールの件、ありがとうございます♪
[ 2008/07/10 21:20 ] [ 編集 ]
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