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自宅で「最後の晩餐」を 

本物だと思っていたら複製だった……。

先月放送されたNHKのクローズアップ現代で初めて知ったのですが、
聚光院や銀閣寺の襖絵が、精巧な複製に置き換えられているという事実は、
かなり衝撃的でした。
しかし同時に納得もしました。
国宝や重要文化財を所有する神社仏閣などは、どこもその保存に苦労されています。
文化財に関する知識がないのでちゃんとしたことは分かりませんが、
重要文化財や国宝に指定されると、その扱いにある種の規則が適応されるようになるようで、
修復するにも許可がいるし、正直なところ、
「指定を受けるといろいろ面倒くさい」というのもあるようです。
それならば、最新のデジタル技術を駆使して本物ソックリの複製品を作り、
本物は博物館などきちんと保存管理できるところへ預け、現場には複製品を置くほうが、
はるかに安全で、またより適切な管理をしてもらえるわけですよね。

しかし例えば狩野永徳の絵を見るために足を運んだのに、
そこにあったのは複製だったとなると、鑑賞する側としては落胆を隠せません。
文化財の劣化を防ごうとすれば仕方ない処置だとは思えますが、
こうなってくると、いずれどこもかしこも複製ばかりになってしまいます。
クローズアップ現代の解説では、本物と複製の見分けはつかないと言っていましたが、
もし本物と並べてみたら、やはりどこかに差があるのではないかなあと思うんですよね。
いくら本物と見紛うばかりの複製品だとしても、それは所詮機械処理の産物ですから……。
こっちが本物、こっちが複製と言ってもらわないと分からないとしても、
「本物」に触れる機会がなくなればなくなるほど、逆にその「本物」を知ることが、
とても大切になってくるんじゃないかなあとも考えます。

この技術のおかげで、貸し出し不可能だった美術品が多くの人の目に触れるようになったり、
強い照明を当てて展示することも、至近距離で眺めることも可能になったという利点はあります。
ガラスやロープに囲われている状態よりも、より詳細に鑑賞できるので、
それはそれで非常に意義のあることだと思います。
でもそうやって細かに見れば見るほど、本物が見たくなるんじゃないのかな……。

そうしたデジタル技術を活かす流れは世界にもあり、イタリアのHAL9000というところが、
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」や、
アンドレア・ポッツォの「聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光」を、
超高解像度画像でインターネット上に公開しています。
「最後の晩餐」はミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ行かなければ見れないし、
「聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光」は、ローマのサン・ティニャーツィオ聖堂にあります。
それを自宅で数センチの距離から眺められるというのは画期的です。
しかも雰囲気あるBGMがついているので、部屋を暗くして鑑賞するのも良さそう。
でも「聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光」は天井画で、浮き出して見える「騙し絵」が特徴。
ネット画像だとその「錯覚」があまり伝わってこないので、
やはりこれは実際に天井画の下に立って見上げるのが一番のよう。
いずれもここで予習して、本物を見に行くというパターンがベストでしょうね。
自宅鑑賞、事前予習はこちら「Haltadefinizione」で。

デジタル技術の発達で、美術品の鑑賞方法も大きく変わりつつあるようですが、
複製品を本来の目的から大きく外れた形で商用利用するなどの問題もあり、
今後の展開には注目すべきところがありそうです。
とりあえず、複製品に置き換えられる前に、見れるものは本物を見ておかないと。
[ 2008/05/05 02:11 ] 日常 | TB(0) | CM(4)
カタリーナさん、こんにちは。
去年、狩野永徳の襖絵を見たくてわざわざ大徳寺まで行ったことを思い出しました。
あの時は、これが本当に最後!と言われたんですよね…。
もう二度と本物を間近で見ることは(見せることは)ないから、と。
見ておいてよかったと本当に思いました。

>いくら本物と見紛うばかりの複製品だとしても、それは所詮機械処理の産物ですから……。
激しく同意!です。
どんなに本物に近づけたとしても所詮は偽者。
本物の壁は絶対に越えられないと思います。
でもこれからどんどん複製が多くなっていくんだろうなぁ。。。
それだけ技術が進歩しているというのは喜ばしい反面、
ホンモノを見る機会が減ってしまうのが何よりも悲しいです。
襖絵にしろ西洋画(キャンバス絵)にしろ、筆のタッチや年輪を重ねた具合って
やはりナマを見てこそ!だと思うんですよね~。
いつまでも綺麗なままの複製品では、ある意味“重み”が感じられない気がして。
…なーんて思うようになったのは、私が歳をとったということなんでしょうかね?(苦笑)
[ 2008/05/06 01:41 ] [ 編集 ]
京都にいるときに、「原本が期間限定で公開している!」と聞けば、飛んで見に行っていたものです・・・
私が本物を見て一番感動したのは、円山応挙の作品ですねえ・・・v-10
そして、いろんな洛中洛外図屏風を見てきましたが、やはりこの間見てきた上杉本の本物は素晴らしかったです^^
美術品として見るとしたら、本物の方が目の肥やしになるでしょうね~^^
私の場合、当時の風俗を調べるための史料として見る場合があるので
そう言う場合は、複製品で十分かな~??^^;;;;
[ 2008/05/06 21:58 ] [ 編集 ]
>いつまでも綺麗なままの複製品では、ある意味“重み”が感じられない気がして

そこなんですよね……。
確かに後世に残すべき文化財は、その劣化から守らなくちゃいけないですよね。
特に私たちのような歴史フリークから見れば、
当時を伝えてくれる貴重な史料が失われていくのは忍びないですし……。
でも人は死んでいくのに、物だけ永遠に綺麗なまま残るっていうのもどうかなあと思うんですよね。
かといって、風化に任せるというのもアレですし。
こればかりはフクザツな気持ちです。
[ 2008/05/06 22:14 ] [ 編集 ]
本物とレプリカの違いはプロでも見分けにくいほど、今の技術は発達しているようですから、
ド素人の私がこんなところで「本物が見たい!」と叫んでも、
結局見分けられないんじゃ意味ないんじゃないの?とも、思わなくもないんですが。(苦笑
ただこの技術によって、美術品を史料として鑑賞したい場合はありがたいですよね。
自由に見ることができるようになるだろうし、白手袋とかしなくてもよくなるし。(笑

>上杉本の本物は素晴らしかったです
おお~、やはりそうですか!
実はこのニュースを見てから、本物が展示されているうちに行かねばと思い始め、
今期中(12日まで?)に日帰りで行こうかと秘かに決心はしてみたんですが、
実際は予定がかなり詰まっているので、どうなることやら……。
こうなったら強引に動くしかないか^_^;
[ 2008/05/06 22:24 ] [ 編集 ]
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