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土踏んできました! 

本日の最高気温22℃。
快晴の心地よい空気に誘われて、急に思い立って、
上杉景勝公生誕の地、六日町(南魚沼市)へ行ってきました!
到着早々、まずは腹ごしらえと、関越道・六日町インター近くの「そば屋敷 ぶな苑」さんへ。

そば屋敷 ぶな苑


お店の建物は松之山町から古民家を移築してきたものだそうで、
蔵の扉をテーブルに再利用するなど、非常に趣のある造りです。
おそばはそば粉10割の田舎そば。
ツルツルではなく、しっかり噛みしめて味わう系の太めのおそばで、食べ応えは充分。
おそばも◎ですが、けんちん汁が非常に美味しく、オススメかと思います。
店内には、お店のご主人の筆による現代語訳版「直江状」が掲げてあり、
食事を待つ間も話題には事欠かなさそう。
それにしても、おそば屋のご主人て、なぜか皆さん達筆でいらっしゃる。


美味しいおそばに舌鼓を打ったあと、上杉軍団も歩いた清水街道を通って雲洞庵へ。
車の中から、左手に見える山に「坂戸山だ~、坂戸山だ~」と叫び続け、
家族の顰蹙を受けまくりました。(汗

雲洞庵


道中、「直江兼続」と「天地人」の幟に導かれ(苦笑)、いよいよ雲洞庵に到着。
正面の大草鞋が一際目を引きます。
ここ雲洞庵は上杉景勝と直江兼続が幼少の頃、共に学んだ曹洞宗の寺。
杉木立に囲まれた寺には、ただただ鳥の声と風の音が響くばかりで、
尊敬する師の下で学ぶには最高の環境であったろうと思われます。

そしてこれが、「雲洞庵の土踏んだか」と言われる石畳。

雲洞庵の石畳


この石畳の1メートルほど下に、法華経を1字ずつ刻んだ石が埋められているそうで、
踏みしめて歩くことでご利益があるとか。
昔の人々も、「ありがたい気持ちで」この石の上を歩いたとのこと。
私もしっかり踏んでまいりました。

寺の内部はとても広く、越後で唯一の最高級の書院造(大方丈)や、
素晴らしい欄間の彫刻、数々の曰くある神仏像に、上杉謙信の位牌など、見るものはたくさん。
宝物殿には、光琳、若冲、谷文晁の掛軸、そして北高禅師の大涅槃図があり、
また楠木正成の遺言状や、上杉憲政、景勝の書状武田信玄、勝頼の書状
さらには源義経と弁慶の写経の切片もあり、こちらもゆっくり見ていると時間が足りません。

途中、私は景勝さまの書状に見入りすぎたせいか、虻に襲われ危うく尻餅をつくところでした!(汗
このしつこく私につきまとった虻……いったい、だれ?
それはさておき。(苦笑

どれもが非常に重要な文化財だと思うのですが……しかし、しかしなのです!

寺の規模、所蔵品の価値に対して人手が足りていないのでしょう。
管理が全く行き届いておらず、寺の門も朽ち始めており、本堂の毛氈は日焼けし、
壁が崩れているところもあれば、開かずの間となったらしい座禅部屋は埃にまみれ、
使われていない座敷には正月飾りの残骸や掛軸が放られたままで、
その荒れように心が痛みました。
座禅部屋では、かつてはきちんと座禅の会が催されており、
朝5時から修行、朝食は禅師さんが一緒に取ってくださっていたそうなのです。
上記の宝物も、一応ショーケースに収められてはいるものの、
湿度計や乾燥剤、水といったものは見当たらず、どうやらこちらも管理されていないようで、
ケース内には虫の死骸が多数あり、表具された屏風は剥がれかかっているし、
大変なことにカビが生えてしまった宝物も……。(涙
このままではせっかくの貴重な史料や宝物が痛むばかり。
しかしこれらの管理に寺の修繕をしようとすると、3億4億ではとても賄えそうにありません。
今日でさえ、観光客が途切れることなく訪れていましたから、
大河が始まれば一時的とはいえどっと人が押し寄せることでしょう。
せめてお掃除だけでもNPOにお願いするとか、考えなければいけないのではと、
そんなことを考えながら歩いてきました。

うーん、書き終わらないので、明日に続きます!
こんにちは 
カタリーナさんは景勝様の故郷のお近くにお住まいですか?
羨ましい・・・
でも景勝様たちが一生懸命勉学にいそしんだ雪洞庵が
荒れているのは心が痛みます。本当に何とかならないものでしょうか。

昨日本屋さんで 週間「戦乱の日本史 新説川中島の戦い」という毎週買っていけば辞典のような物になるというものを見つけパラパラと見ていくうちにと!!
景勝様のご両親の肖像画が載ってるではありませか。
迷わず買いました。
景勝様の肖像画はよく目にしますがご両親ははじて。
お父様長尾政景様は勇猛な武将といわれてますが優しげでむしろ頼りないくらい。
お母様の方が凛とした感じです。景勝様はお母さん似で謙信似なのかも。
どなたの作か忘れましたが謙信主人公の小説で
謙信が景勝を「体つきも長尾の血じゃ」なんて
言ってるシーンがありました。跡取りは景勝って謙信は
思っていたと思うのですが・・・

近衛さんの「上杉景勝」の感想面白く読ませていただきました。
やっぱり暗いですよね。何と言ってもお菊様の自害で
とどめを刺されました。暗いエピソードをよって書いたのか?
一言で感想言えば「三郎景虎の資料の使いまわし」
なんて思ってしまいました。
期待が大きかったからよけいでしょうか?
[ 2008/04/30 16:30 ] [ 編集 ]
くすさま(=楠木正成)の書状に、激しく興味を抱いてしまいました!
何故に楠木正成??(苦笑)

ココだけの話、佐竹氏の菩提寺天徳寺も手入れがちとアレでして
このままだと、何もかも朽ちてしまう!と危機感を抱いています><
観光寺だったら、気合いをいれて手入れをするのでしょうかねえ・・・・^^;;

ところで・・・・・・
兼続キティをゲットされましたか?(笑)
[ 2008/04/30 21:04 ] [ 編集 ]
こんばんは♪
私は六日町から高速で1時間半くらいのところに住んでおります。
遠くはないですが、そうちょくちょく行ける場所でもないですね。
雲洞庵の痛み具合には、さすがに言葉がありませんでした。
本当に田舎の山の麓にあるお寺なので、それほど観光地化しているわけでもないですし、
おそらく檀家さんの数もそう多くないのだろうと思います。
それに比較して、寺の規模が大きすぎるんだと思うんですよ。
ゆえに手入れも行き届かないのでしょう。
先代のご住職は一般の座禅を受け入れたり、いろいろと頑張っておられたと聞いていますが、
代替わりすると、なかなか前のようにはいかないようです。
本当に素晴らしい自然の中に建っているので、私もここで座禅を組でみたかったです。

>「戦乱の日本史 新説川中島の戦い」
発売になりましたか!
景勝さまのご両親の肖像画、他の雑誌で拝見しました。
確かに政景公は勇猛というよりもずっと優しげに見えますよね。
それを考えると織田信長の肖像画からも、今に知られているような性格はちょっと窺い知れませんね。

>「三郎景虎の資料の使いまわし」
ああ! これ、私も思いました。(苦笑
ゆえに御館にあれだけページを割く結果にもなったんじゃないでしょうか。
謙信の後継者ですけれども、謙信が亡くなった時点では、
「景勝さまに」と、何となく(ここ重要!)考えていたようには思います。
しかし三郎くんが来てしばらくの間は、多分かなり微妙だったと思います……。
永遠に答えのわからない謎ですね、こればかりは。
[ 2008/04/30 21:05 ] [ 編集 ]
雲洞庵は藤原不比等の奥様がこの地で尼僧寺を開いたのが元だそうですが、
その後傑堂能勝禅師という人によって再興され、禅宗の寺に変わったんだそうです。
この傑堂能勝禅師が、楠木正成の孫と言われているようで、
この孫に宛てた遺言書が残っていたのですよ。
確か何事にも頑張りなさいというような内容だった気がします。
時間が足りずに、あまりよく読めませんでした。(汗

佐竹氏の菩提寺も荒廃が心配されるような状態なのですね。
すべては資金の問題ですから、簡単に解決できないのが難しいですよね……。

キティですが、駅前の土産物屋をくまなく探したんですけど、
ドラえもんしかいませんでしたー。(涙
まだネットだけで、世間にお目見えしてないのかなあ。
いやまさか売り切れたなんてことはないでしょうから。(苦笑
[ 2008/04/30 21:55 ] [ 編集 ]
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