Step by Step

いろいろなことを、気の向くままに。   
PROFILE
Author:カタリーナ
【ごあいさつ】
ご覧頂きありがとうございます。
超雑多なブログですが、
お付き合いのほど、
どうぞ宜しくお願いします。
コメント、TBも大歓迎です。
但し、記事と関連性のないものは、
ご遠慮くださいね。
予告なく削除させて頂きますので、
ご了承ください。
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
レビューINDEX
RECENT TRACKBACK
BLOG LIST
メールはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
カゲカツィストの会
己鏡のびびんばさん作成

カゲカツィストの会ロゴ
上杉景勝公をリスペクトする会

当ブログバナー
カゲカツィスト会員NO.3記念
TOTAL
Now On Line

とりあえず期待してみる。 

4ヶ月ぶりにGackt謙信を見ました。(もちろん過去の映像)
ドラマの中ではその宇宙人ぶりが非常に楽しかったのですが、
ドキュメンタリーの中で見ると、周りが冷静なせいか「ちょっとどうよ」って感じですね。(苦笑

今夜こちら地元NHKで放映された「天地人」特集前半の、その冒頭でのこと。
「戦国最強の武将 上杉謙信」というナレーションに続いて、
Gackt謙信の画像に「上杉謙信」のテロップを載っけて紹介するのはどうなんでしょうか。
一応「風林火山」の文字もちらっと見えてましたけど、そんなの見逃す人だっているかもしれない。
ドラマを見ていなかった何も知らない人にとって……謙信、これでいいのか?(苦笑
前半は、「関ヶ原」を中心軸に据えて、直江兼続の人生を簡単に見せる内容だったのですが。
……だからそのタイトルやめてください!

直江兼続 その人生 ~”愛”に生きた戦国武将~

「愛に生きた」って、どう考えたって の意味にしか取れないです!
そう、光源氏のような武将というイメージしか湧かないです!
ドラマが兼続の前立ての「愛」は「愛民の愛」としているというのもあるだろうし、
「愛」の兜にインパクトがありすぎるっていうのもあるんだろうけれど、
いくらなんでも「愛に生きた戦国武将」っていうタイトルは誤解を招くと思います……。
そもそも、民を慈しむという意味での愛と、LOVEの違いって、すごく曖昧だと思うんですよね。
だからその辺をしっかりわかってもらえるような作りにして欲しいと思うんですけど、
「愛」につなげて「夫婦愛」だの「家族愛」だの言っているので、しょうがないのかなあ。
でもなんか嫌だなあ、愛の武将だなんて、なんかの戦隊モノみたいだし。
兼続の「愛」は愛染明王と愛宕権現の頭文字だと思っている私には、
スタンスが違うので諦めるしかないのかもしれないのですけれども。

続いて後半はシンポジウム。
パネリストとして、原作者の火坂雅志さん、花ヶ前盛明さん(新潟県代表)、
石田明夫さん(福島県代表)、阿部哲人さん(山形県代表)が参加され、
それぞれの土地での直江兼続像を語ってくださいました。
そんな中で私が個人的に注目したのが、福島の石田明夫さん。
考古学の面から、会津を研究されている方です。
石田さんは主に幻の「神指城(こうざしじょう)」についてお話くださったのですが、
これは一般向けに講演するのが初めての内容ということで、私も興味津々。

「神指城」は地方の城ではなく、全国制覇を見据えた豊臣秀吉の構想に基づいており、
大坂城を中心に、西の広島城(毛利氏)、東の神指城(上杉氏)と、要の城とするべく、
平城としては日本史上3番目に大きい大城郭として建設が進められていた。
手本は「聚楽第」と「大坂城」で、広島のような経済都市を目指した大きな計画だった。
建築には約8~12万人を動員しているが、
その最中に徳川家康が上杉討伐にやってきて、築城は凍結……。


もっと詳しくお話されたんでしょうけど、そこは編集されたテレビ番組。
全部聞けなかったことが悔やまれます。
さらに「関ヶ原で上杉家はなぜ家康を追撃しなかったのか?」という定番の質問にも、
答えてくださいました。

「神指城」築城の最中に、家康が上杉討伐に出てくる。
そこで築城に当たっていた12万人がそっくりそのまま、家康迎撃作戦に配置されたようだ。
というのも、当時の布陣図を見ると、動員数が12万人になる。
(因みにその布陣図をガン見したところ、景勝さま本陣の兵力は8000と出ておりました!)
上杉方は合戦地に選んだ白河に、3~5Kmに渡る土塁と堀も築いており、
家康と本気で戦うつもりでいた。
上杉勢12万、家康勢4万5000。


この兵力差と布陣の関係から見て、上杉が負けるはずがなかった。

ここで私のアドレナリンが急上昇。(苦笑

しかし西で石田三成が挙兵して家康が反転してしまったため、実際には戦いにならなかった。
引き返す家康を追撃しなかったのは、景勝が良しとしなかったからとも言えるが、
後ろの最上、伊達、それにもしかしたら同盟を結んでいた佐竹にも攻め込まれて、
領民がいらぬ苦しみを受けるのを避けたかったという可能性も充分あるのではないか。
つまりそこにも「義と愛」があったということに繋がる。


石田明夫さんは「考古学から見た会津の歴史」という非常にすばらしいHPを運営されており、
ざざっと見たところ、これはしばらく通って勉強したいくらいの内容でした。
戊辰戦争にも触れておられ、先の「神指城」の二の丸跡付近では、
あの新選組の斉藤一が戦った形跡があるとか!

最後は大河ドラマの内藤愼介Pのお話。

これまでのドラマは勝った側からの目線が多かったが、今回は負けた側からの目線で、
「負けたときの潔さ」や、「負けても人が集まってくる」という生き方を描きたい。
また、負けると分かっているのに味方したくなるような人間の姿、
裏切りのはびこる世の中で真摯に生きる人間の姿をドラマを通して見せたい。


愛云々の話が1つもなかった! 
これはちょっと期待してもいいのかな?
私にはまだまだ史料は手付かずの史実がありますが(関ヶ原とか)、
ちょっとずつ読み進めていきたいなあと思っています。
このシンポジウムのレジュメ欲しい……石田さんの部分だけでいいから!
[ 2008/04/05 01:01 ] 天地人 | TB(0) | CM(6)
いつもお世話になっております。先日は訪問記帳ありがとうございました。カタリーナさんのコメントを読んで、そうか、景勝、前の晩にエープリルフールネタを考えるのに結構必死だったのか・・・と感動しました(笑)。

大河のシンポジウムのお話の記事、大変勉強になりました。来年の大河に向けて着々と動いているんですね。愛に生きた武将か・・・(笑)。もっとかっこいいコピーを考えた方がよさそうですよね。ではではv-15
[ 2008/04/05 12:18 ] [ 編集 ]
愛愛愛愛愛が足りない♪
自分勝手で頭にくる~って「久保留里子」さんでしたか(笑)

愛という言葉にもいろんな表現とか意味合いとか
あると思うのですが・・・
「愛」でひとくくりにされてしまうと
戦国時代の表現としてはちと苦しいかも(-_-;;

トップを取るよりも2番手、という生き方も
あるようですので、そのあたりをうまく説明できる
ドラマになるとよろしいですよね~。

今の世の中、個人がとかく「勝ち」にこだわりすぎて
余裕がないと思います。
負けるが勝ちよ♪
[ 2008/04/05 22:14 ] [ 編集 ]
こちらこそ、いつも楽しませていただいております。
私も、景勝さまにもエイプリルフールに家臣を楽しませよう(?)という気持ちがあることに、
いたく感動してしまいました!!!
あと一歩ですね。(って何に?・笑

愛に生きた武将は、ちと軟弱かと思います。(汗
プロデューサーの言葉に期待したいところです。
シンポのお話、ネタになりますでしょうか。(笑
[ 2008/04/05 23:48 ] [ 編集 ]
それ、久宝留理子さんの「男」っていう歌ですよね。
懐かしい~~。
来年は「愛が足りない」という言葉が流行りそう。(汗
「愛」という言葉が難しいだけに、いちいち説明しないといけないというのは、
なかなか厄介なことではあるのですけれどね……。

「勝ち組」「負け組」なんて言葉が普及し始めた辺りから、
格差が激しくなってしまった気もしますね。
誰もが「勝ち組」になろうとして、でも本当にそれでいいのかな?と、
まあそれを問いかけたいというプロデューサーの話もありましたから、
その面ではタイムリーなドラマだったのかもしれないです。
[ 2008/04/05 23:57 ] [ 編集 ]
学術的な観点から、バンバン景勝君や直江君を語って欲しいです(^O^)/
直江君は、マザーテレサじゃないんだから…(-.-;)
[ 2008/04/06 10:37 ] [ 編集 ]
マザーテレサ!!!
同じ愛に生きた武将でも、その線があったかー!
だからといってそれでいいわけじゃないですけれども。(苦笑
石田明夫さんは、多分ドラマの時代考証に入られるんじゃないかと思います。
講演会とか、これからどんどん増えると思いますけど、
こういう面白いお話がいっぱい聞きたいですね。
[ 2008/04/07 00:06 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する