献杯

突然ですが、やっぱり自宅の葬儀はいいなあとつくづく思いました。
今は、葬儀といえばセレモニーホールでやるのが普通ですよね。
自宅でやろうとしたら、それなりの広間とかなりの人手が必要だし、
核家族化している現代では、それが難しいことはよくわかります。
実は先の祖母の葬儀、母の主張で自宅葬儀になったんです。
祖母は社会から身を引いてから長く、それほど参列者があるとは思えませんでしたし、
何よりも祖母自身が、できるだけ家にいたいだろうというのが母の考えでした。
言うは安ですが、実行するのは確かに大変でした。
祭壇関係や葬儀の進行についてはセレモニーさんが仕切ってくれますが、
他諸々の雑事はすべて自分たちでやらなくちゃなりません。
永遠の眠りについた祖母の脇を、ドタバタと走り回らねばならないのは気が引けましたが、
とにかく誰もが家の中を始終動き回ってました。

そして今日、伯父の葬儀に参列しました。
伯父といっても血縁関係にあったわけではなく、両親の長年の友人でしたが、
私は生まれたときからずっとお世話になってきたので、
ある意味本当の伯父よりも「伯父らしい」存在の人だったんです。
思えば本当にすごい人でした。
15年位前に大病をして以来、お猪口一杯の米の水と気力だけで生きてきたような人で、
どんなに辛い症状も治療もユーモアで片付けてしまうほど、強い人でした。
ああいう人をこそ、真実「強靭な精神力を持つ」と言うんでしょうね。
葬儀はセレモニーホールで行われました。
禅宗の華やかなお経もあがり、とても良い葬儀だったと思います。
でも、遠かった。伯父がとても遠かった。
参列者の席から祭壇が遠いという物理的なこともありますが、
やはり一度自宅葬儀を経験してしまったがゆえの微妙な距離感は否めません。
うーん。なんて表現したらいいのか……。
式の多くの部分を第三者に委ねてしまうために生まれる、温度差とでもいうのかしら……。
いや、結局ホールだと、故人と静かに向き合う余裕が持てないってことなのかな。

葬儀の日の晴天は、故人がこの世に未練がないことの証だと聞きます。
今日は風は強かったものの、概ね晴れの一日でした。
長く患った伯父だったけれど、人生生き抜いたと思ったでしょうか。
これから伯父を偲んで、私もお猪口に一杯、米の水を飲むとします。
献杯。

2 Comments

Yuseum  

ごぶさたです

ケータイからコメントしてます。
うちの田舎は自宅で葬儀が当たり前の土地柄だったから、上京したときはビックリしました(^o^;)
昨日は母の日だったので、亡き母を思い出しました。
今年の秋は7周忌です(..)(__)

2007/05/14 (Mon) 06:55 | REPLY |   

カタリーナ  

■Yuseumさん
こちらこそご無沙汰してます(^^)
田舎は家が広い場合が多いですし、隣近所のお手伝いもあり、
自宅葬儀が普通なのだろうなあと思います。
その土地の風習なんかも色濃く残ってたりしますよね。
でも都会では、まず物理的にどうしようもないですよね……。
隣のおばさんたちが、割烹着で手伝いに来てくれるなんて、ありえない。(苦笑
今年はお母様の七回忌に当たるのですね。
法要には田舎へ戻られるのでしょうか。
穏やかで温もりのある法要となりますように。

2007/05/14 (Mon) 23:35 | EDIT | REPLY |   

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