M.A. ~ミュージカル・「マリー・アントワネット」~

梅田でやってるウィーン版「エリザベート」を観るか、
同じスタッフの新作「マリー・アントワネット」を観に行くか迷った挙句、
やっぱり新しいものを観るべきかと思い、久しぶりに帝劇へ足を向けました。
前作「モーツァルト!」以来だから、なんと5年ぶりの帝劇。
毎回感じますが、雰囲気が明らかに違いますよね、帝劇のロビーって。
宝塚に通じる匂いというか、他の小屋では味わえない独特な空気が漂ってる気がします。
客席の9割くらいを女性が占めてるっていうのも、その一因かもしれませんが、
何となく落ち着かないんですよね、何でかなあ。(苦笑

「エリザベート」、「モーツァルト!」に引き続き、ミヒャエル・クンツェ(脚本)と、
シルヴェスター・リーヴァイ(作曲)コンビによって作られた、
日本発オリジナル・ミュージカル「M.A. マリー・アントワネット」。
遠藤周作の「王妃マリー・アントワネット」を原作としています。
キャスティングは、
マリー・アントワネット   涼風 真世
マルグリット・アルノー   新妻 聖子/笹本 玲奈
アニエス・デュシャン   土居 裕子
アクセル・フェルセン   今 拓哉
ルイ16世   石川 禅
ボーマルシェ   山路 和弘
オルレアン公   鈴木綜馬
カリオストロ   山口祐一郎

となっておりますが、私が見た回はマルグリットに新妻聖子さん。
アントワネットの涼風さんは、私にとっては「ベルサイユのばら」のオスカル。
王妃としての華やかさや女としてのたおやかさ、愛しさは美しかったのですが、
アントワネットとしては、ちょっと賢すぎるかもしれません。
「パンがなければケーキを食べればいいのに」などと、言いそうにもなく、
「せめて私1人だけでも、このフランスのために尽くします!」と言いだしそうな気がします。
あ……だからそれじゃオスカルだって。(苦笑
アントワネットと同じM.A.のイニシャルを持ち、
アントワネットを憎んでいくマルグリット・アルノーの新妻さんは、
とにかくそのパワフルな歌声に圧倒されました。
どの音域に行っても、声がぶれない。すごい!
きっと「レ・ミゼラブル」のエポニーヌははまり役でしょうね。
キャストの皆さんはそれぞれ好演されていて、アンサンブルも悪くありませんでした。
だけど、なぜかくすぶるこの満たされない思い。
以下、辛口になります……。
私が遠藤周作の「王妃マリー・アントワネット」を読んだのは高校時代。
随分前のことなので、内容はすでに記憶から飛んでいます。
なので、ミュージカルがどこまで原作に則っているか皆目分かりませんが、
この作品は正直に言って脚本に問題ありだと思います。
まず、芝居の中心軸が定まっていません。
主役はタイトルロールのマリー・アントワネットに絞るのか、
あるいは対峙するマルグリットも同等に重視するのか、
そこの視点がぶれてしまい、話が散漫になった印象は拭えません。
かといって、マルグリットのことも描ききれているとは言えないし、
アントワネットのことも描ききれていない。
結局自分で脳内補完していかないと理解できない部分があるので、見ていて疲れます。
そこにすべてを見通し預言者的な存在感を示す錬金術師のカリオストロが絡んできますが、
彼の不気味さや怪しさは理解できるものの、この作品に必要な登場人物とは思えない。
彼がいないほうが、芝居がすっきりするように感じます。
その分、もっとフェルゼン伯爵を活躍させるべきだったのでは。
実際アントワネットとマルグリットの対峙も弱いし、フェルセンはほとんど出てこないし、
おかげで誰にも感情移入することができなかったのも、満足感を得られなかった要因かも。
美しいナンバーもあるし、印象的に繰り返されるメロディーもありますが、
それらも効果のほどは薄かったように思います。
特に音楽と歌詞が、日本語のシラブルにぴったりはめられてしまったため、
クンツェ/リーヴァイの独特なリズム感も失われていて、
間延びしたものになってしまったのも悔やまれます。
「エリザベート」と「モーツァルト!」のときのように、
演出と訳詞を小池センセ(小池修一郎)が手がけていたら、どうなってただろう……。
そんなことを考えさせてしまう、ちょっと残念な舞台でした。
ドイツでの上演が決定したそうですが、どんな評価を得るか気になるところです。

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