白バラの祈り----ゾフィー・ショル 最期の日々
2006年05月26日 (金)
Die weisse Rose ---- 白バラ。
第二次世界大戦下のドイツで、ミュンヘン大学の学生たちによって作られた、
反ナチ抵抗運動のグループのことだ。
彼らは1942年の夏ごろから反ナチのビラを撒き、壁にスローガンを落書きし、
それが元で逮捕され、多くのメンバーや賛同者が刑に服した。
白バラといえばショル兄妹だが、映画「白バラの祈り」は妹のゾフィーに焦点を当てて、
彼女と兄が逮捕されてから処刑されるまでの5日間を描いている。
最初はビラとの関わりを否定するゾフィーも、尋問官モーアの追求に逃れられなくなり、
ついにビラを撒いたことを認める。「私はそれを誇りに思っている」と言って。
そこから始まるゾフィーとモーアの遣り取りは圧巻だ。
百戦錬磨とも思える尋問官に対して、21歳の小娘がまったく引けを取らない。
それどころか、逆に彼の心に揺さぶりをかけてしまう。
モーアが、ゾフィーを逃がしてやりたいと思うほどにまで。
しかし逃げることは、ゾフィーにとっては裏切りになる。
彼女は自分自身については覚悟を決めてしまったのだろう。
どの応答でも、理想と現実をきっぱりと断言し、自己弁護はしない。
ただ、仲間を守ることだけには必死だった。
この尋問シーンが、映画の半分以上を占めていると言っても過言ではない。
実際の戦争シーンは1つもないが、言葉と言葉の戦いが、
戦況と、ナチス政府がどれほどの恐怖政治を布いているのかを伝えてくる。
彼らは4日間の取調べの後、人民裁判へと送られた。
そのときゾフィーは言う。
「法廷に出れば、私たちの信念をみんなに知ってもらえる。他の学生も決起するだろう」と。
しかし法廷に並んだのは、おそらく彼女の望んだ顔ではなかっただろう。
そこにいたのはナチスの党員や傾倒した軍人ばかりだったのだから。
しかも裁判とは名ばかりのものだった。
裁判長のフライスラーは、裁判を執り行うどころか、
始終彼らを罵り、糾弾を繰り返し、一方的に処断した。
弁護人は弁護する素振りすら見せず、一切発言をしなかった。
こうして彼らはたった1日で死刑(斬首)を宣言され、即日執行された。
ここから見えてくるのは、責められることで逆に信念を強くし、
確固たる自分を築いていくゾフィーの成長と魂の輝きだけでなく、
いかに白バラ的活動が困難だったかということだ。
そしてその状況で、行動に出ることができる勇気を持つことが、
どれだけの精神力と知恵を必要としたかということだ。
そうして戦ったゾフィーを、法廷にかけられたゾフィーを、両親は優しく抱きしめる。
「お前を誇りに思う」との父の言葉が涙を誘う。
今、白バラは「ドイツの良心」と呼ばれている。
彼らがいなければ、彼らの行動がなければ、ナチスの忌まわしい時代、
人間性の尊厳を問う者がいたということが、これほどはっきりとは現れなかっただろう。
それでは人間、救いようがない。
この映画は、最初に「実話だ」と断っている。
90年代に発見されたゲシュタポの尋問記録を基に構成されているそうだ。
久しぶりに良質のドイツ映画に出会った。
第二次世界大戦下のドイツで、ミュンヘン大学の学生たちによって作られた、
反ナチ抵抗運動のグループのことだ。
彼らは1942年の夏ごろから反ナチのビラを撒き、壁にスローガンを落書きし、
それが元で逮捕され、多くのメンバーや賛同者が刑に服した。
白バラといえばショル兄妹だが、映画「白バラの祈り」は妹のゾフィーに焦点を当てて、
彼女と兄が逮捕されてから処刑されるまでの5日間を描いている。
最初はビラとの関わりを否定するゾフィーも、尋問官モーアの追求に逃れられなくなり、
ついにビラを撒いたことを認める。「私はそれを誇りに思っている」と言って。
そこから始まるゾフィーとモーアの遣り取りは圧巻だ。
百戦錬磨とも思える尋問官に対して、21歳の小娘がまったく引けを取らない。
それどころか、逆に彼の心に揺さぶりをかけてしまう。
モーアが、ゾフィーを逃がしてやりたいと思うほどにまで。
しかし逃げることは、ゾフィーにとっては裏切りになる。
彼女は自分自身については覚悟を決めてしまったのだろう。
どの応答でも、理想と現実をきっぱりと断言し、自己弁護はしない。
ただ、仲間を守ることだけには必死だった。
この尋問シーンが、映画の半分以上を占めていると言っても過言ではない。
実際の戦争シーンは1つもないが、言葉と言葉の戦いが、
戦況と、ナチス政府がどれほどの恐怖政治を布いているのかを伝えてくる。
彼らは4日間の取調べの後、人民裁判へと送られた。
そのときゾフィーは言う。
「法廷に出れば、私たちの信念をみんなに知ってもらえる。他の学生も決起するだろう」と。
しかし法廷に並んだのは、おそらく彼女の望んだ顔ではなかっただろう。
そこにいたのはナチスの党員や傾倒した軍人ばかりだったのだから。
しかも裁判とは名ばかりのものだった。
裁判長のフライスラーは、裁判を執り行うどころか、
始終彼らを罵り、糾弾を繰り返し、一方的に処断した。
弁護人は弁護する素振りすら見せず、一切発言をしなかった。
こうして彼らはたった1日で死刑(斬首)を宣言され、即日執行された。
ここから見えてくるのは、責められることで逆に信念を強くし、
確固たる自分を築いていくゾフィーの成長と魂の輝きだけでなく、
いかに白バラ的活動が困難だったかということだ。
そしてその状況で、行動に出ることができる勇気を持つことが、
どれだけの精神力と知恵を必要としたかということだ。
そうして戦ったゾフィーを、法廷にかけられたゾフィーを、両親は優しく抱きしめる。
「お前を誇りに思う」との父の言葉が涙を誘う。
今、白バラは「ドイツの良心」と呼ばれている。
彼らがいなければ、彼らの行動がなければ、ナチスの忌まわしい時代、
人間性の尊厳を問う者がいたということが、これほどはっきりとは現れなかっただろう。
それでは人間、救いようがない。
この映画は、最初に「実話だ」と断っている。
90年代に発見されたゲシュタポの尋問記録を基に構成されているそうだ。
久しぶりに良質のドイツ映画に出会った。


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