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『新選組!! 土方歳三 最期の一日』 

今回の『新選組!! 土方歳三 最期の一日』でテーマとなった音楽は、
哀愁に満ちたワルツだった。
これまでの「新選組!」の音楽は、服部隆之さんが意図したように無国籍でありながら、
それでいて多摩や京といった日本の土地や新選組の雰囲気に、ぴったりと合うものだった。
ところがそこへ、今までとまったく毛色の違う、ヨーロッパ産のワルツが流れた。
これまでにない、およそ新選組には似つかわしくない音楽。
おそらく多くの人が、「何かが違う」と感じたことと思う。

日本にワルツがいつ頃入ってきたかは正確にはわからないが、
少なくとも広く一般に普及するようになるのは、鹿鳴館の開館(明治16)以降だろう。
外国人と交流する機会のあった土地では、もっと早くから耳にできたかもしれないが、
土方歳三が死を迎えるこの時点で、
ワルツを聴いたことのある庶民はほとんどいなかったのではないだろうか。
土方歳三自身も、聴いたことはなかったかもしれない。
それを踏まえると、ここで聴こえるメランコリックな「ワルツ」は、
これから始まるまったく新しい時代、西洋文明を称賛した時代を象徴しているとともに、
幻となって消えてゆく「蝦夷共和国」の運命をも奏でているようだった。
私たちが見守ってきた新選組と、今ここに見える新選組は違う。
彼らはそれだけの時を過ごしてきたのだ。
音楽はそんなことも語ってくれる。

そう思って初めて、明治という時代が、
輝かしくその幕を開けたわけではなかったことを痛感した。
日本は、丁髷で刀を振り回していたときからたった半世紀の間に、
鉄道が走り、飛脚が郵便に変わり、内国勧業博覧会が開かれるまでに成長する。
しかしその一歩を踏み出す前に、あまりにも切ない死闘が繰り広げられていたのだ。
会津で、長岡で、宮古湾で、そして箱館で。

ドラマのラスト、市村鉄之助が多摩に向かって緑の大地を駆けて行くシーン。
ここで、「死ぬことは、それで終わりということじゃないんだ」と思った。
その人は死んで終わるかもしれないが、終わらない何かがある。
続いていく何かがある。
ドラマ49回分の全てを背負い、始終眉間にしわを寄せ、
1人闇の中で苦悶し、戦い続けていた土方歳三。
その彼が最期に微笑むことができたのは、きちんと生きることを諦めなかったからだ。
目的を見失わず、精一杯生き抜いたからこそ、そこから引き継がれていくものがある。
「新選組!」というドラマは、もしかするとすべてがその「バトン」で、
つながれてきた物語であったのかもしれない。
[ 2006/01/08 03:49 ] 新選組! | TB(1) | CM(2)
ひー、青息吐息でやっと感想に引導を渡しました。
本編放映時に感想書き足りなかったんだなあ、という事が続編の感想を書いていてよーく解りました(苦笑)。

カタリーナさんのワルツの話、音楽をなさる人ならではの切り口で面白く読みました。
ワルツって哀愁と共にちょっとした諧謔のテイストもあって、馬鹿で間抜けなろまんちたちへの(あまり悲劇的に傾かない)葬送曲のようにも思いました。
そして、裂かれたものが再び一つになるイメージ。
鉄が多摩に持ち帰ったコルクが沖田みつのもとで再会を果たす。
二つに裂かれ、結果土方の死に装束になった羽織もまた。
再び「円」に収束していく感じと「ワルツ」を結びつけたら、ちょっと強引に過ぎるでしょうかね(笑)。
[ 2006/01/10 03:21 ] [ 編集 ]
■レッドさん
そうなんです。
舞踊音楽って、逆の雰囲気を生む効果が大きいんですよね。
私にはこの音楽がろまんちにも聞こえましたが、
それ以上に、実はずーっと違和感があったんです。
それって、土方さんを受け入れない時代の音楽だからなんでしょうか。
疎外感というか、突き放されてる感が拭えませんでした。
円舞曲と「円」に収束…なるほど!
いろんなことに思いをめぐらしたり、勝手に結び付け(妄想?)たりできる、
本当に稀有なドラマだったんだなあと改めて思います。
[ 2006/01/10 23:43 ] [ 編集 ]
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たぶん私は、土方歳三の最期について語るのがイヤなだけなんです。だからこうやって1週間もかけてだらだらと無駄に言葉を費やして「その時」を先延ばしにしてるんです。でも、いい加減引っ張り過ぎなので私も疲れたので(笑)もうこれでお終いです。片岡愛之助さんの榎本武揚
[2006/01/10 03:09] 神変紅丼