進撃の巨人Season3 第2クール

アニメ「進撃の巨人」のSeason1が放映されたのが2013年。
それから6年、空白期間がありながらも、変わらず人を引きつける長期アニメとなりました。
来秋ファイナルシーズンとしての放映が決まっていますが、1クールで終わるのかどうか。
物語も核心へ迫り、いよいよ最終決戦が見えてきました。

この作品のSeason1を見たとき、これは人間と人の顔と体を持つ巨人が戦うという、
衝撃的な世界を見せているけれども、つまるところ「人と人の話ではないのか?」と思っていました。
そしてその感想はただの感想ではなく、事実であることが明かされました。
「やっぱりな」と思うと同時に、ちょっぴり残念な気持ちにもなりました。
なぜなら、この残酷な戦いは結局人間同士の争いが招いたことだったということが、
あまりにもやるせなく、悲しく、悔しかったからです。
しかも同族をもって同族を襲わせるというおぞましい作戦……。
だからこそ、そうではない、何かもっと驚かされるような設定があるんじゃないかと、
どこかですごく期待していたところがありました。

今期のキーマンは、これまでずっと調査兵団を率いてきたエルヴィン・スミスでしょう。
元来は誠実で穏やかな性格のように見えますが、団長としては冷静かつ非情な人です。
調査兵団は任務柄巨人と遭遇する確率が高く、そのたびに多くの兵士が命を落としてきました。
エルヴィンは団長として、多くの部下を無為な戦いに赴かせ、
勝てもしない戦いに挑ませてもきました。
そこまで非情になれたのは、権力が欲しかったからではありません。
父親を殺された恨みに端を発した「巨人のことを、壁の外のことを知りたい」という、
強烈な欲望ゆえです。
エルヴィンは孤独な人だとずっと感じていましたが、自然とそうなっていったのでしょうね。
「巨人の存在は何なのか」「壁の外には何があるのか」
それを知ることができるのであれば手段は問わない。
段々とそんな気持ちになっていったのだろうと思います。
だからこそ、0.1%でもチャンスがあれば、兵を鼓舞し、死地へ送り込みもする。
どれだけの屍が重ねられようと、それを乗り越えなければ真実にはたどり着けないと思っている。
そしてそれは事実であり、今その積み重ねの結果が出ようとしています……。
Season1で、アルミンが言っていました。

「何かを変えることのできる人間がいるとしたら、
その人はきっと大事なものを捨てることができる人だ。
化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、
人間性をも捨て去ることができる人のことだ」


振り返れば、これはエルヴィンのことでもあるように思います。
兵を率いる者としては、非情に、ときとして冷酷にならねばならないのかもしれません。
だからといって、彼の生き方を肯定して良いわけではないと思うのです。
人間が人間性を捨てなければならないからこそ、戦争は酷いのです。

今期終盤、エルヴィンと行動をともにしてきたリヴァイは、
瀕死のエルヴィンとアルミンの「どちらを生かすか」の選択に迫られます。
周りの仲間がエルヴィンを、アルミンを、「助けてくれ!」と叫ぶ中、
彼はアルミンを生かすことを選びます。
それは果たして正しかったのか。
リヴァイがアルミンを選んだ理由は、恐らく「そこに未来があったから」だと思うのです。
エルヴィンが巨人との戦いに人生を費やしたのは、彼が「巨人を知りたかったから」です。
そしてエルヴィンは、その戦いが「地獄」であることを自覚していて、疲れてもいた。
一方のアルミンは、壁の向こうにあるであろう「海が見たい」と言い続けていました。
このふたりの思いを天秤にかけたとき、リヴァイはエルヴィンを地獄から解放し、
未来をアルミンに託そうと思ったのではないでしょうか。
一兵士としては団長を助けるべきだったはずです。
それでもリヴァイはアルミンを選びました。
「アルミンを選んだ」というよりも、「エルヴィンを死なせてやった」というほうが近いかもしれません。
あまりにも重い、今後の重荷となるような決断です。

さて、壮絶な戦いを経て、生き残った団員は9名。
かつて大陸を支配するために有していた力も、「九つの巨人」。
これは何かを意味しているのでしょうか。
物語の結末を見届けたいと思います。


進撃の巨人ファイナルシーズン

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