宝塚花組公演『ポーの一族』(クリフォード考)

『ポーの一族』の感想も、第3回になってしまいました。
キャスト感想じゃスペースが足りなくて語りきれないと思ったんですよ。
だって、鳳月杏さんがクリフォード先生だから、必死にチケットを取りに行った経緯もありますし。(笑)
これでラストということで、満を持してクリフォード先生のことを考えてみたいと思います。

ジャン・クリフォードという人物は、まず優秀な医者です。
名医カスター先生の弟子で、娘婿として、そしておそらくは跡継ぎとして認められています。
原作では、カスター先生のお嬢さんのジェインという婚約者がいながら、
「結婚と恋愛は別」と堂々と宣言し、真っ昼間から女性患者といちゃつくチャラい男でもあります。
でも非常にわかりやすい。
彼は単純に「女性が好き」で、常に女性に触れていたいタイプと言えます。
それでいて恩師の娘と結婚を決めるあたり、かなりの野心家であることもわかります。
ところが宝塚版では、小池先生が「クリフォードは健全な好青年」と設定しました。
歌詞に「誠実な男」とか歌われていて、「原作とのこの差は???」と多くの人が戸惑ったはずです。
演じていた鳳月杏さんも「そこのすり合わせが課題」と話していて、
最終的に「女性の間で迷ってしまうことが、誠実だということ」という解釈に至られたようでした。
それで私、やっと納得しました。
実は私舞台を観て以来、ずっと「クリフォード先生って優柔不断?」と思ってたんです。
でもね、認めたくなかった!
鳳月さん演じるクリフォード先生は、ハンサムで優しくて紳士です。
一見とっっっっっっっても誠実に見えます。
ジェインにも一目惚れしたとか歌ってるし、一途なようにも見えます。
原作のような下衆な雰囲気は微塵もなく、ひたすら紳士です。
だけどいろんな女性の間で心が揺れている。

これって、一番タチの悪い男じゃないですか!?

正直に「結婚と恋愛は別」と言っちゃう男より、
優しくて紳士的なのに「優柔不断」だなんて、一番やっかいなタイプじゃないですか!?
優しくって誠実に接してるんだけど、本当は誰のことも本気で愛せてないってことですよね?

クリニックに来た女の子とキスしてみたり、アランのお母さんに気を持たせたり、
そのアランの従姉妹とも遊んでみたり、最後にはシーラに心奪われちゃうんですよ?
鳳月クリフォード先生は、おそらく自分から女性に手は出さないと思うんです。
でもしょっちゅう言い寄られるんだと思うし、そして言い寄られるとフラフラっとなびいてしまう。
外から見ればモテる「色男」なんですが、彼にはそんなつもりはない。

すごく罪作りな男じゃないですか?

「真実の愛はどこに~」とか歌っていて「オマエが言うな!」ってツッコまれてましたが、
本気の愛を知らない彼の歌詞としてはピッタリで、
ますます「本当にタチ悪いわ!」って思いました。
原作通りチャラくて野心家でもいいのに、なんでこんな男にしたのか、
そこになにか意図があるのか、脚本上の意義というものをいろいろ考えてみたんですが、
私がたどり着いた結論は、

小池先生ってもしかして乙女?
小池先生って、もしかしてファン以上に宝塚になんかの理想を求めてる?(こっそり)


ということになってしまいました。(汗)
鳳月さんの持ち味もあるとは思うんですが、
小池先生が宝塚の舞台として、チャラくて野心のある男には仕立てたくなかったってことなのかなと。

そんなクリフォード先生も、バンパネラの妖気をまとった艶容なシーラの魅力に勝てず、
彼女をひと目見たときから目が離せなくなってしまいます。
彼女を前に、いやに身だしなみを整えてたり、目で追いかけたり、
挙げ句に彼女に会うために興味のない「降霊術会」に参加してみたり。
シーラはシーラで、クリフォード先生に目をつけます。
こちらはバンパネラ一族に加えようという意図で、そこに愛はないのですが、
クリフォード先生は勘違いしてしまうんですよね。
でもこれが悲劇の始まり。
シーラはクリフォード先生を「狩り」に行き、良い雰囲気に持っていったところで、
クリフォード先生に「人間ではないこと」を見破られてしまう。
ここの鳳月さんと仙名彩世さんの芝居が素晴らしくて、
ふたりの間にまったく別のベクトルを向いた感情がチロチロと燃え上がって、
その官能的でありながら緊迫感に満ちたシーンに息を飲みました。
恐怖に陥ったクリフォード先生はシーラを殺してしまいますが、
彼は決して殺そうとは思っていなかったと思うんです。
彼にとってシーラは、多分初めて激しい愛を感じた相手だったんだと思います。
ところがその人は人間ではなくバンパネラだった。
裏切られたという思いと、本来のシーラを悪魔から救い出さねばという思いから、
クリフォード先生はシーラの胸にピッチフォークを突き刺すのだ
と思いました。
「あなた自身のためにも打ち砕かねば」というセリフが、すべてを物語っています。
その後彼は、婚約者ジェインの元へと急ぎます。
そこにはバンパネラのひとりであるメリーベルが一緒にいることがわかっていて、
ジェインをその悪魔から救わねばならないからです。
ここでクリフォード先生がジェインを思い出すところは、やはり彼の誠実さを表していますね。
このときの鳳月さんの言う「ジェイン、その子から離れるんだ! 離れるんだ!」の、
2度目の「離れるんだ!」が悲痛な叫びで、もっとも心がえぐられた瞬間でした。
間や抑揚が的確で、こんなときに「やっぱり鳳月さんのお芝居好きだな」と思います。
鳳月さんのワタシ的見どころを書いていくとキリがないので心の中に留め置きますが(笑)、
こうして考えれば考えるほど、クリフォードという人物は、
演じるのが非常に難しい役だとつくづく思いました。

最後、クリフォード先生はエドガーに撃ち殺されますが、
即死したところで盆に乗ってセリ下がっていくという劇的な去り際に、
私はもう「はああ、先生の亡骸を誰か早く看取ってあげてー!」と、
舞台の進行そっちのけで見送ってしまいました。
バンパネラの死に方とは違う、人間的な死に方が対比となっていて、
こんなところに小池先生の演出の巧さを感じたりもしました。

原作では「愛」についてさほど触れていないし、むしろ「愛」がないからこそ、
リアルに人の孤独が強調されていた
面もあると思うんです。
でも小池先生は愛や絆を全面に押し出してきました。
やっぱり小池先生は、革新的な演出をしつつも、作風はとても古典的で、
ある意味宝塚の古き良きスタンダードを破れないのかもしれません。
そう考えると、クリフォードという人物は単純な「チャラくて野心を持つ男」ではダメで、
「真の愛をまだ知らぬ男」である必要があったのかなという見方もできるかもしれませんね。
書き足りないこともありますが(!)、一応ピリオドを打ちます。
クリフォード先生のことをあれこれ考察するのは、とても楽しい時間でした。

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