7年目の3.11

7年目の3.11を迎えました。
この機に、2011年の3月、4月のブログを読み返してみました。
そこには、混乱の中でできるだけ冷静でいようと努力している自分がいて、
そして当事者ではないからこそ冷静でいられる自分がいました。

普段は見かけない場所で、大型トラックやタンクローリーと頻繁にすれ違っても、

福島ナンバー、いわきナンバーの車をいたるところで見かけても、

一時的に一部の物資が不足したり、交錯する情報に踊らされて不安になったり憤慨したりしても、

近所の施設に避難所が開設されて、一般人の立ち入りが原則禁止されても、

避難してきた方と接したり、募金やボランティア活動に参加しても、

隣県として、多少なりとも震災の影響を受けていても、

それでもやはり自分は常に第三者であって、安全なところで事態を見ているに過ぎませんでした。
第三者が心を寄せることはできても、当事者と同じ感覚を持つことは不可能だということを、
今あらためて思い知りました。
そのことに涙が出ました。
ああ、わからないものなんだなと。
どれだけ想像力をふくらませても、わからないものなんだなと。


キャンドル


4月、節電を訴えて、電気を使わずに過ごす運動が起きていました。
電力消費のピーク時を狙い、できる限り電源をOFFにしようというもの。
それを思い出し、追悼の意味も込めて、
昨夜、当時と同じように夜のひとときをロウソクのみで過ごしてみました。
揺れる炎はひどく心細くさせ、7年前の映像を脳裏に呼び起こしました。

何もかもが一瞬で変わることがある。
そのことを目の当たりにしているのに、いつの間にか忘れてしまい、
ルーティンのような日々を送ってしまっています。
「どう生きるのか」、もう一度考えようと思います。

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