宝塚花組公演『ポーの一族』(全体)

現在絶賛上演中の「ポーの一族」。
あまりにもチケットが取れなくて「ポー」「ポー」「ポー」とばかり口にしていたら、
ついに家族に「お前は汽車か」と言われてしまったんですけど、
「お前はハトか」と言われたという方をお見かけしましたから、
私一人が異常だったわけじゃないと思います!
本当にチケ難なんですよ、この公演。
それでもなんとかもぎ取った1枚を手に、ようやく見てまいりました。


ポーの一族


演出の小池修一郎先生が原作コミックに出会ったのが20歳の頃。
以来40年、上演を熱望し続けたという念願の、そしておそらく渾身の一作。
まさにそのとおりで、「小池先生の集大成」というべき大作でした。
The 小池ワールド。どこを切り取っても小池ワールド。
初めて宝塚を見る、初めて小池先生の作品に触れるという人だったら、
おそらく「宝塚ってこんなことができるんだ!」と感銘を受けることもあるかと思います。
でも宝塚で数々の小池作品に触れてしまっていると、
過去に見たことのあるような「型」がこれでもかこれでもかと出てくるので、
「ちょっと既視感ありす……いや、サービスのしすぎでは」となってしまうところがありました。
そうはいっても、宝塚の舞台機構をフル活用して、
観るものを飽きさせないスピーディーな展開、どの場面も絵のように映える演出を見せるところは、
やはり小池先生のすごいところで、これができる人はなかなかいないこともわかります。
そういうところからも、この「ポーの一族」という作品は、とにもかくにも、

ヴィジュアルの圧勝

だったと思います。
もちろんまず出演者それぞれのキャラクターの完璧なハマりっぷりが前提としてあって、
そこに舞台全体の色彩や、盆やセリを多用した場面転換の秀逸さが加わり、
一枚の絵としての圧倒的な迫力を生み出していたと思います。
また、客席から立ちのぼる「期待」と、出演者の「期待に応えてより良いものを見せたい」という熱意、
このふたつのエネルギーがぶつかって、さらなる熱気も作り出していました。
舞台そのものに飲み込まれるような感覚に陥ったのですが、こんな経験は初めてです。

一方で話はというと、私は原作を一度だけ読んで観に行ったのですが、
「銀英伝」のとき同様、エピソードの羅列で終わってしまった気がしました。
正直なところ、視覚的な情報が多く、セリフの量も多く、さらに音楽も音が多すぎて、
原作が持つ独特な空気感、はっきりとしない不安定な余韻みたいなものがありませんでした。
「誰にでもわかりやすいドラマ」になってはいたかもしれないですが、
「すべてを語らないからこそ思いを巡らせられるドラマ」というのが、古き時代の作品の良さで、
そこが特にこの「ポーの一族」の特徴でもあったと思うし、
当時の少女たちが共感した部分だったとも思うんですよね。
そうすると、「小池先生はこの作品の何を描きたかったのかな」と、ちらっと思わなくもなく……。
もし小池先生が「エリザベート」に出会う前にこの作品を上演していたら、
どんなふうになっていたのかと、つい考えてしまいます。
出演者の芝居から伝わるものはたくさんあるのですが、
脚本的には情緒的な何かが欠けているように感じました。

そんな意味でもこの作品は、

ヴィジュアルを楽しむもの

そして

個々のキャラクターを追いかけるもの

であるのかなと思います。
そうやって観ると、ものすごく楽しめるし美味しいし満足するし、
なにより目が全然足りません!
そしてあのフィナーレ!!!!!!!!!
もう何が起こったのかわけがわからなくなる熱い男役群舞!
なんですか、客を悩殺しにかかってますか!
ここだけ何度でもリピしたい。カッコいい。語彙力失うほどカッコいい。

予想通り長くなったので、キャラクターについては次回語ります。(笑)

0 Comments

Leave a comment