NHK正月時代劇『風雲児たち』

2018年、あけましておめでとうございます。
遅くなりましたが、みなさまにとって佳き1年となりますことをお祈り申し上げます。

さて。
元旦に放送されたNHK正月時代劇『風雲児たち』、視聴しました。
杉田玄白の著書として有名な「解体新書」。
当然ながらその翻訳には何人もの人間が関わっています。
ところがその功労者の中に、最も労を尽くしたであろう人物、
前野良沢の名がなぜないのか……を紐解いた物語。
原作を読んでいないので、どのように原作の世界観を表現していたのかはわかりませんが、
翻訳作業というひたすら地味な話を、1時間半で面白く見せてくれました。
密室劇を描かせたら右に出るものはいないであろう、
脚本家三谷幸喜の真骨頂とも言えるドラマに仕上がっていたと思います。

「ターヘル・アナトミアを翻訳出版しようぜー!」と意気込んだ前野良沢と杉田玄白ですが、
ふたりともオランダ語の知識がほぼ皆無なところから、
約3年程度で出版にこぎつけたという事実に私は驚きました。
ドラマ中で描かれていたように「一単語ごとにいちいち探っていく」のでは、
いくら熱意があったとしても、何十年経っても終わりそうにありません。
医学の知識と語学センスは言わずもがなですが、
想像を超えた情熱が、彼らを突き動かしたとしか思えません。
たぶん大業を成すときって、そういう計り知れないエネルギーが働くのだと思います。
前野良沢と杉田玄白は、ふたりとも同じ理想と同じ志を持って、
ひとつの目的地に向かってともに歩き始めました。
しかし、かたや完璧主義で細部に拘りたいタイプ、かたやとにかくゴールへ進みたいタイプ。
スタートしてすぐにふたりの道は若干のズレを見せ始めます。
それが決定的になったのが、今まさに出版しようというとき。
素晴らしい挿絵を前に「この絵に相応しい本にするためにもう3年は精査したい」という良沢と、
「医学界の進歩のためにはたとえ間違いがあっても早く出版したい」という玄白の間に、
この瞬間、大きな亀裂が走ってしまいました。
結局、翻訳者から前野良沢の名前は外されます……。

良沢は、「間違った翻訳本を出した」という不名誉を受け入れられませんでした。
でもきっとそれだけではないと思うのです。
今私たちが使っている「鼓膜」とか「十二指腸」とか「神経」は、彼の造語であることを知りました。
良沢は類稀なる語学センスを持っていて、だからこそこだわりたかったんですよね。
もっと端的でわかり易い言葉に置き換えられるはずだ、と。
一方玄白は「名より実を取れ!」な人で、多少難があってもさっさと出版しようとする。
私なんかも「後で改訂版を出せばいいのに~」なんて呑気に思っていましたが、
どちらも譲れない「己の信念」を持っていて、それが袂を分かつ原因になってしまいました。
「人間とはこういうものだ」と、見せつけられた気がします。
ここで救いだったのは、お互いにお互いを理解し合っていたこと。

良沢にとっては、名誉を捨てるかわりに「汚名」の可能性がなくなり、
玄白にとっては、手柄を独り占めしたという悪評のかわりに、名と実が手に入る。


このことを、ふたりがきちんと承知していたということは本当に救いです。
「笑いと緊張感から最後にホロリとさせる」というのは三谷さんの狙うところですが、
今作はそれがしっかりと決まっていました。
袂を分かった二人は、それきり会うこともなかったのでしょう。
そのふたりが「還暦の祝いの席で互いを労い合う」という場面をラストに持ってきたのは、
本当心憎い演出で、お正月のドラマに相応しいエンディングだったと思います。

それぞれのキャラクターの描き方はさすが三谷さん、見事でしたね。
顔見世程度にしか出てこない人たちも、その一瞬で人となりが垣間見えてしまう。
みんな魅力的で、こういう人たちがこの幕末手前の時代を活気づけ、
彩っていたんだなとワクワクさせられました。
そして荻野清子さんの音楽もステキでした。
ピアノと尺八のみのシンプルな劇伴でしたが、これがこのドラマにピタリと合っていました。
まさに蘭学と日本人の出会いといった様相で、オシャレでもありました。

このドラマは、色んな意味で試金石だった気がします。
これからの時代劇の在り方、題材の選び方などなど。
連ドラではなく、年に2本くらいのペースで、シリーズ化してくれたら嬉しいなあ。

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