朗読能シアター 『咸陽宮』 其弐

ということで、『咸陽宮』ですけれども。
全然公演の余韻から抜け出せなくて、購入した台本を読み返してはため息をついています。
DVDに残らないとわかっていたので全神経を使って出来る限り記憶しましたが、
それを忘れたくなくて、何度も何度も反芻してしまいます。
こんなの初めてですよ……。
台本を販売してくださって、本当にありがとうございます。

兎にも角にも、なんとか冷静に感想を残しておきたいと思います。(多分ものすごく長文)
今回は公演に臨む前に「あらすじ」だけ読んでおこうとネットで調べたのですが、
拾った「あらすじ」が文字通り「あらすじ」でしかなかったので、
その典拠となっている平家物語の第5巻を読みました。

……なんか、ぬるい?

すみません、まずそう思ってしまいました。(汗)
平家物語なので物語にあれこれ飾りが付いている感じがするのは仕方ないとして、
殺されそうになった始皇帝が后の機転で難を逃れるという展開、
それも刺客が、后の奏する琴に聴き惚れてしまったために仕留め損なうというのは、
初めてこの話を読んだ私でも「えっ……そうくる?」と一瞬考えこんでしまいました。
物語の 「お や く そ く」 として突っ込んではならないのかな……(´・ω・`)みたいな。

実は事前に演者5人の配役は発表されていなかったので、
誰が何をやるか以前に、どの人物が登場するかもわかっていなかったのですね。
ただこれを読んで、
「えー、この展開ならちょっとあれだけど、遊佐さんは刺客の荊軻がいいなあ」とか思っていました。
しかしそこへ「史記を読んでおくといいですよ」というアドヴァイスが流れてきたので、
上京目前ではありましたが、速攻図書館でコピーゲット。

うわああ、こっちのほうが断然面白いじゃないか!

平家物語を読んでモヤッとした部分が、納得行くものとして描かれていました。
もしこれが底本だったら「遊佐さんには始皇帝をやって欲しい」と思いました。
冷酷で慈悲もなく、それなのに襲われたら逃げ惑うしかなく、
家臣の協力で命は助かったものの、怒りまくって刺客を放った燕を攻める。
わああああ、そんな遊佐さんおいしそう(・∀・) ←

前置きが長くなってしまいましたが、要するに脚本に一抹の不安があったんです。
でもそんなのは杞憂、余計なお世話にでした。
史記をベースにしつつ、上手く平家物語につなげて、最後は見事に落としてくれました。
后の琴に聴き入って仕留めそこねる展開はそのままでしたが、
でもそれがかえって物語を悲哀に満ちたものにしていたと思います。

個々の感想と総括はたたむこととして、河合龍之介さんのツイッターから千秋楽後のお写真を拝借。
そのほか、脚本家の高橋郁子さん、甲斐田裕子さん、平田広明さん、渡辺大輔さん、
そして雅楽で舞台を盛り上げてくださった中田太三さんの千秋楽後のブログもリンクしておきます。

みなさん、この素晴らしい舞台を作り上げてくださって本当にありがとうございました。






【嬴政(始皇帝)】は遊佐浩二さん。
いきなり客席から登場するという演出に吐血しそうになったファンも少なくないと思いますが、
私は別な意味でも吐血しそうになりました。
第一声が「我、天の子、秦の始皇帝なり」だったのですが、とにかく恐ろしかった。
この声がすべてのものの頭をたれさせるが如く威圧的で、冷たくて、突き刺さるように鋭かった。
私は遊佐さんよりも前の席に座っていたのですが、振り返りたくても振り返ることができないんです。
恐ろしくて、振り返ったら射すくめられそうで、身体が動かせませんでした。
遊佐さんの始皇帝は、冷たくて、厳しくて、そして悲しかった。
自分の出自が偽物なら、王として本物になろうと己を奮い立たせ、
そのために己の心を氷の刃で武装している。
私利私欲ではなく、この群雄割拠の時代に「真の王たらん」と思うばかりに、
他人にも自分にも冷酷にならざるを得ない。
そういう生き方しかできなかった彼を、責めきれない気持ちになりました。
遊佐さんご本人が客席に向ける視線も、常に一点を見据えていて厳しく冷たかったですね……。

【荊軻】は渡辺大輔さん。
初めて拝見する俳優さんでしたが、まずその発声に圧倒されました。
そして日舞か武道をやられているんでしょうか、腰が座っていてものすごく姿勢がいい!
まさに正義を貫かんとする荊軻に相応しく、声がまっすぐ心に響いてきました。
でもそのまっすぐさゆえに、「正義はときに残酷なのだ」と思わされました。
嬴政は己と対面してもまったく臆するところのない荊軻に「怖くないのか」と問います。
「すべては己の心の写し鏡。怖いはずがありません」
この答えが、嬴政をどれほど傷つけたことでしょう。
すべてが己の写し鏡というのなら、このような境遇に生まれたことすら己のせいなのか、と。
もちろんそんな気持ちを荊軻が知ることができるはずもないのですが、
このときの嬴政とのやりとりで初めて荊軻は悟るのです。
「正義のためにと言って、自分は人の心をちゃんと見てはいなかったのではないか」と。
渡辺さんの迷いのない芝居、遠くへもまっすぐに通る声ゆえに、
最期に浮かんだ疑問が切なく心に残りました。

【秦舞陽】は河合龍之介さん。
こちらも初めて拝見する俳優さんでした。
他の4人とは違う語り口調に最初は戸惑いましたが、
話が進むにつれてそれが良いスパイスになっていきました。
秦舞陽は荊軻に付いて嬴政暗殺へ同行する男ですが、とにかく礼儀がなっていない。
おじいちゃんの栄光にすがって剣に生きる無頼の男が、
荊軻のことを健気に慕っていく様子は、この重苦しい物語に爽やかな風を吹き込んでくれました。
河合さんのちょっと前のめりな芝居が本当に健気な小型犬みたいで(笑)、
一途で素直な秦舞陽という男を魅力的に聞かせてくれました。
彼はきっと、死に際になんら悔いを残さなかったんじゃないかと思います。
悔いが残るとしたら、荊軻を助けきれなかったことでしょうか……。

【燕太子丹】を演じたのは平田広明さん。
嬴政とは幼き頃にともに趙の人質として過ごし、
今は秦の皇帝とその人質という立場になっているにもかかわらず、
かつての友情を信じて疑わない男、丹。
温かくて、でもどこか甘いお坊ちゃんな丹は、自分に対する冷遇が解せません。
状況を打破しようと情に訴えますが、昔のことを持ち出せば持ち出すほどに嬴政の心が冷えていく様は、
聴いていてあまりに辛いものがありました。
当初平田さんには別な役(当舞台では登場しない)が振られる予定だったといいます。
そこを脚本家さんの「遊佐さんと対決させたい」という考えから、
太子丹になったのだとか。(アフタートークより)
これは素晴らしい選択だったと思いました。
なぜなら丹は事件の発端であると同時に、この作品におけるリトマス紙でもあるからです。
丹自身は賢くもなければばかでもない、至って凡庸な人です。
でも彼の存在が、嬴政をより冷酷に、荊軻をより頼もしく、秦舞陽を心許なげに、
后・華陽夫人をより寂しく、観客の心に映すのです。
そして彼らを通すことで、丹の悲劇性が増す……。
平田さんの自然で、人間の温もりを感じさせるお芝居は、
この作品に潜む様々なテーマを浮き立たせてくれました。
もしかしたら一番印象に残りにくいのに、一番難しい役だったかもしれません。

【華陽夫人】は紅一点、甲斐田裕子さん。
渋目の赤い着物が艶やかで、その落ち着いた語りと相まって、
華陽夫人は琴の名手であるだけでなく、美人で賢女なんだろうなと思いました。
平家物語オリジナルの登場人物で、始皇帝の三千人いる后のうちのひとり、とされています。
ここに、これはおそらく脚本家さんによる独自設定だと思うのですが、
華陽夫人はその琴を、始皇帝、つまり嬴政の母から習ったというエピソードが加えられました。
この母と琴と華陽夫人を結ぶ線が物語の落としどころになるのですが、
華陽夫人はおそらく唯一嬴政を理解し、その変わりようにもっとも胸を痛め、
だからこそ何も言わずにそっと見守ってきたのだろうと思います。
そんな彼女の優しさに嬴政は気づいていないし、わかったとしても身を委ねるつもりはないでしょう。
華陽夫人は気丈で、落ち着いていて、とても大人です。
でもその声にはいつも寂しさが含まれていました。
「一度だけでも嬴政をこの腕に抱いてあげることができたなら……」
そう思っているのではないかと、甲斐田さんの柔らかくて温かい母性に、涙を誘われました。

ただの朗読ではない、重なりあうセリフのやりとりは、
演者さんたちの息が合って初めて聴き応えのあるものとして耳に届きます。
その緊張感がまた、作品に対する相乗効果となっていたような気がします。
アフタートークでは、初参加の遊佐さんが、
平田さん、甲斐田さん、渡辺さんという先輩方に舞台へのアドヴァイスを乞うたところ、
「お尻が痛いよ!」「お尻が痛いよ!」「お尻が痛いよ!」としか言われなかったそうですが(爆)、
そんなお尻の痛さ以上に、体力と精神力を消耗する舞台だったように思います。
演者の緊張感と、観客の集中力。
演者だけでなく、観客もその舞台に影響を与えているのかもしれないと、
今回初めて実感しました。
本当に素晴らしい舞台に出会えてよかった。

そうそう、アフタートークでなかなか入りどころをつかめない遊佐さんが、
ある瞬間「今だ!」と言わんばかりに河合さんのマイクを奪っていたのがツボでした。(笑)
マイク、ふたりで一本だったからね。

4 Comments

まるひげ  

うらやましい!

わー、なんて面白そう!!
個人的に始皇帝暗殺ネタは大好物なのですが、
こちらの舞台の脚本はなかなか独創的で凝ったつくりのようですね。
確かに、あらすじだけ読むとちょっと戸惑うというか心配になる内容で…(汗)。
しかし、カタリーナさんがこれほど絶賛する舞台、
つまらないわけがありませんぞ。

えぇ、自分も「荊軻が遊佐さんだったら…」と思います。
が。
そうですか、始皇帝役で間違いなかったですか。

さらに、出演者さん一人ひとりの感想まで細かに書いてくださりありがとうございます!
なんかほんのりとイメージが湧いてきました。
観たかったけどもう観れない!!(じたばた)
DVD化されないというのは非常に残念です…(´・ω・`)

2015/06/16 (Tue) 20:50 | REPLY |   

カタリーナ  

■まるひげさん

遊佐さんは、厳しくて、悲しい皇帝でした。
トップは孤独といいますが、それに輪をかけて孤独でした。
自分で自分を追い込み、後戻りできなくなってしまった人。
これまでに演じていそうで演じていない役柄だったかと。

それにしても、ほんっと、映像化されないのが非常に悔やまれる舞台でした。
物語は平家物語と史記を組み合わせて、聴き応えあるストーリーに組み直されていましたよ!
この形式の朗読は私も初めてで、おそらく脚本家さんのオリジナルと思いますが、
観客の耳を研ぎ澄まさせ、全神経を朗読に集中させるので、
その緊張感たるやすごかったですね。
役者さんたちにもそれに応えるだけの力量が求められるので、
結果的にクォリティの高い作品になったんだろうなと思います。
題材も題材でしたから、余計に緊迫感も生まれますしね。
来年は何をどなたが演じられるのか、結構楽しみです。
いつも同じ時期に上演しているようなので、機会がありましたらゼヒ!

2015/06/17 (Wed) 00:58 | EDIT | REPLY |   

Aki_1031  

何よりも袴というだけで、もう吐血が…!(オイ)
同時間帯にひらりんがカブらなければ、
是非ともご一緒させて頂きたかったです。。。

出演陣は安定の陣営だったので、残るは肝心の脚本のみ…というのは
事前にお伺いしていましたが、予想以上に良かったとのこと。
そういう良い意味での裏切りっていいですよね。
耳出し遊佐さんが新鮮すぎました(笑)。

2015/07/06 (Mon) 00:29 | EDIT | REPLY |   

カタリーナ  

■Akiさん

いやーもう、何もかも吐血モノの舞台でしたよ。
まさかの客席登場!
紋付袴!
耳出し!
そして芝居!
作品もどなたにもオススメできるほど素晴らしく、
これを見ることができたのは幸せなことだったなと思います。
来年もきっと同じ企画があると思うので、
よろしければぜひ出かけてみてくださいね。
(今度のゲストはどなたかなー?)
新しい世界が広がると思います!

2015/07/17 (Fri) 02:07 | EDIT | REPLY |   

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