あれから24年

10月3日はドイツ統一の日でした。
ベルリンの壁が壊れてから25年、東西ドイツが統一してから24年。
過ぎてみればあっという間です。
私は統一まもなくのドイツですごしたのですが、
振り返ればかなり混乱した時代だったのだろうと思います。
週末になるとディスカウントのスーパーには大行列ができました。
ポーランドを始めとした東欧諸国から、何台もの観光バスで買い出しに来るのです。
これがいつまで続いていたか記憶がありませんが、かなり異様な光景ではありました。
また旧東ベルリンは廃墟が目立ち、さらに東へ行くことはためらわれました。
私がドイツを離れるころにはベルリンの中心といったら旧東側になり始めていたので、
そのころ留学してきた子たちとは、街に対するイメージが明らかに違いましたね。
彼らには「東へ行く」ことが怖いとか、用心が必要とか、そういう感覚はありませんでしたから、
そこで大きなゼネレーションギャップを感じたものです。
懐かしくなって、グーグルマップで当時私が住んでいたあたりを見てみました。
町の区画が大きく変わっていて、ストリートビューを見てもよくわからないという。(苦笑)
というか、最寄り駅がなくなっていてショックでした。
ヨーロッパは基本的に町並みが変わらないものと思ってたんですけどねえ……。


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2 Comments

リューザキ弾正  

もう四半世紀!

私、いたのだな、その年の4月に二十日間@西ベルリン。
まだ、壁があって。
ベルリン・フィルとカラヤンが揉めてて。

こう書くと、確かに25年経ったのだな、と逆に、しみじみ思います。
(カラヤンの次の芸術監督も鬼籍にはいられている訳ですし・・・涙)

統一後の映像を見ても、「ココハドコ」状態でした。
今、ストリートビューを見ると・・・(汗)
まあ、欧州でも空爆のあった所は、建て変わった訳ですけど。
確かに、歳月は流れておりますね(感慨)

2014/10/08 (Wed) 19:32 | EDIT | REPLY |   

カタリーナ  

■リューザキ弾正さん

欧州の街の変化は日本ほど激しくないと思っていたので、
ストリートビューの映像に本当にショックを受けました。
そもそも数年前にベルリン・マラソンの中継を見た時に、
どこを走っているのかわからないくらい街が変わっていたことには気づいていたのですが、
私が住んでいたのは旧西側でしたから、再開発とは全く関係なく、
むしろ寂れていってるんじゃないかと思ってたんですよね。(苦笑)
それがどうも駅の統廃合で街の区画が変わったらしくて、
知ってるのに知らない風景になっていました。
いくら欧州でも、不変ではないのだなあと当たり前のことを実感してしまいました。
ベルリン・フィルはラトルも辞任を表明していますが、
新しい芸術監督は誰になるのでしょうね。
すんなりと決まらないとは思いますが、どの辺りが候補に上がっているのか、
興味の尽きないところです。

2014/10/18 (Sat) 23:55 | EDIT | REPLY |   

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