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アントワネットはストレス姫? 

先日ラジオでドコモ団塊倶楽部を聴いていたら、ゲストが池田理代子さん。
後半部分しか聞けなかったんですが、確かパーソナリティーの弘兼憲史さんから、
「どうしてオスカル(@ベルばら)は死ぬ設定にしたんですか?」と問われて、
「考えたらオスカルってフランス革命の時点で34歳なんですよね。
34歳って当時から見れば結構おばさんでしょう? それで男装の麗人はどうかなと……」
わわわわ、そ、そ、そういう理由だったんですか!?
確かにそれはわからなくもないですが、そうはっきり言われると何だか衝撃!

……と、思っていたところへタイムリーな番組が。

追跡者 ザ・プロファイラー 
「マリ・アントワネット “浪費・過食・引きこもり…ストレス姫の真実”」


BSで放送しているこの番組、特番の頃からずーっと撮りためてあって、実は初見です。
今回アントワネットさまということで、リアルタイム視聴してみました。
司会がV6の岡田くん、ゲストコメンテーターに池田理代子さん、香山リカさん、
そして明大教授の鹿島茂さん。

最初にアントワネットのスタイルが、
身長154㎝、バスト110㎝、ウェスト58㎝と紹介されたんですが、
岡田くん、「土偶……ですか?」と思わずポロリ。(苦笑
確かにバスト110でウェスト58はちょっと胸が大きすぎるかも……。
それはさておき、質実剛健なオーストリア・ハプルブルク家で育った姫が、
なぜ悪名高きフランス王妃となったのか。
そのわけは「ストレスにある」という視点での考察でした。
『ストレス姫』って、アントワネットに対しては新しい命名じゃないですか?
絶対的な権力を誇るフランス王室にお輿入れしたアントワネットは、
まずベルサイユのしきたりに慣れなければなりませんでした。
ベルサイユというところが、食事に着替えから、
果ては出産まですべてが公開だったというのは有名な話ですよね。
しかも出産は、貴族だけでなく一般市民も見物できたとかで、
アントワネットの出産は家具の上にのぼる人がいるほどの、ものすごい見物客だったようです。
さらに吉良上野介と浅野内匠頭ではありませんが、女官とうまくいかないと、
王宮でのルールを教えてもらえなかったそうで、これではフラストレーションたまりますよね……。
ここで夫が頼りになればいいんでしょうが、ルイ16世は不器用さんといわれてますから、
妻をそうした状況から守るってことも難しかったろうと思われます。
がんじがらめの息苦しい宮廷生活の中で、
アントワネットが解放されたい、認めてもらいたいと、奇抜なヘアスタイルを考案し、
最新のファッションのためにお金を使っていったのも納得がいきます。
さらにお気に入りの人だけが出入りを許されたというプチ・トリアノン。
宮殿の一角に、実際に農夫なども呼び寄せて農村風の離宮を作りましたが、
これは心理学でいう「箱庭療法」に値すると分析されてました。
当時こんなふうにストレスに関する研究が進んでいたわけではないですし、
アントワネットが理解されなかったのも今だからわかることで、
本人すら自分の気持ちを持て余していたかもしれません。
彼女をよく思わない貴族たちが流した噂が、あっという間に巷に広がり、
それがアントワネットへの強烈なバッシングにつながったという話もありました。
それは今で言えば「ツイッターで拡散されて祭りになったようなもの」と表現されてましたが、
非常にわかりやすいたとえだと思います。
そしてそれはツイッターではないわけですから、
アントワネット自身がそうした噂を知ることも否定することもできないのだとしたら……!
なかなかと面白い視点だったと思います。

『ベルサイユのばら』という名作において、アントワネット関連で印象に残っているのは、
オスカルやフェルゼンとのシーンではなく、
コンシェルジュリーに入れられて裁判にかけられる日々でもなく、
断頭台の露と消える瞬間でもなく、
テュイルリーからタンプル塔に幽閉された国王一家が、家族だけで過ごす毎日に幸せを見出すシーン。
それこそがアントワネットの求めたものだったのだと、当時高校生だった私は胸を痛くしたものです。
このことは番組でも触れられていましたね。

来年2013年はマリー・アントワネット没後220年。
ちょうど今、連載40周年の「ベルサイユのばら展」や、
「マリー・アントワネット物語展」が開催されてます。
12月には映画「マリー・アントワネットに別れをつげて」も公開されます。
ダイアン・クルーガーがアントワネット役!
意志の強そうなアントワネットになりそうですが、
監督が「挑戦」と称するアントワネット映画、ちょっと期待です。
[ 2012/10/24 22:18 ] ドラマ・その他 | TB(0) | CM(2)
「パンがなければケーキを食べればいい」という発言が、
アントワネットのものと未だに思われているのが不憫です。
「平家にあらずんば人にあらず」が平清盛の言葉と思われているように。

ブルボン王朝の宮廷に馴染めなかったハプスブルグ家の皇女。
違いすぎる環境は、確かにストレスフルですね。
私は、昔から、プチ・トリアノンは、彼女が気をしっかり保つための逃避場所と思っておりましたが、
なるほど、箱庭療法。(納得トン)

しかし、オスカル様が享年34歳って、今知りましたーーー!(爆)

[ 2012/10/28 11:24 ] [ 編集 ]
アントワネットは自分というものをしっかりと持った、
意志の強い女性だったのだと思います。
アントワネットは王室とはいえ家庭的な環境で育ち、
母マリアテレジアをとても尊敬していたようですから、
彼女なりの家族の理想像みたいなものもあったと思われます。
当時のフランス宮廷はヨーロッパ王室の憧れであり、
そうしたフランス貴族の気位の高さや、フランス式作法は、
アントワネットにとって馴染めないものだったのかもしれませんね。
フランスに染まりきらないところに、ゲルマン系の血を垣間見る気もします。

> しかし、オスカル様が享年34歳って、今知りましたーーー!(爆)
結構ビックリしますよねー。
もしオスカルがその後も生きていたらなんてifを考えたこともありませんでしたが、
まさか池田先生があんな理由で死ぬ設定にしていたとは。
創作ものってけっこうそういう思わぬ都合で展開が左右されるものだと知ってはいても、
あっけらかんと語られるとやはり衝撃でした。
[ 2012/11/02 03:00 ] [ 編集 ]
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