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蝶々さん ~最後の武士の娘~ 

ぶっ倒れていた週末……。
寝てばっかりいると夜中に眠れなくなるので、溜まっていた録画を消化することにしました。
で、とりあえず見終わったのが去年NHKで放送していた「蝶々さん~最後の武士の娘~」
市川森一さんの遺作です。

ドラマとしてはまとまっていたと思いますが、
これはやっぱり「長崎観光案内&あおいちゃんPV」といった趣が強い作品でした。
宮崎あおいちゃんは落ちぶれ士族の薄汚れた着物に始まって、
商家のお嬢様の美しい着物の数々、舞妓姿、花嫁衣装、奥方風の衣装、そして白装束と、
様々な衣装を次々と着こなしてくれ、見るものを楽しませてくれました。
長崎の名所も網羅するような感じでしたので、昨年行ったばかりの身には懐かしくもあり。
話はオペラの蝶々さんをベースにしており、オペラで演じられない部分を前半で、
オペラで歌われる部分を後半でという流れだったかと思います。

三浦環の像

↑三浦環演じる蝶々さん。(グラバー園にて)
三浦環は明治~昭和にかけて活躍した日本人初の国際的オペラ歌手で、
蝶々さんを当たり役としていました。



今回のドラマもそうなんですが、「蝶々さん」を観ると、
結局は「蝶々さんはなぜ自害したのか?」という疑問にたどり着いてしまうんですよね。
私はプッチーニのオペラのもととなった原作小説を読んでいませんが、
原作者(アメリカ人)は日本に来たことはなく、姉などを通じて知ったことを題材に小説を書いたようです。
このように伝聞で作られた作品だとすると、日本が今よりも未知の国であった19世紀末、
日本といえば「フジサン、ハラキリ、サムライ、ゲイシャ」というような意識がすでにあり、
外国人にとっては、「日本人である蝶々さんの最期は自害」でなければならなかったのかもしれません。
つまり話の流れはどうであれ、「ラストは自害」は絶対だったのではないかと。
じゃあなぜ自害するのか?という話になるんですが、
オペラの場合は蝶々さんはキリスト教に改宗しているので、そもそも自殺は禁忌です。
それなのに自ら命を絶ってしまうのは、アメリカ人の夫に裏切られ、さらに子どもを奪われたから。
自分の存在価値、役目、そして誇りがすべて消えたことにより、
逆に日本の武士の娘だったことを思い出して、死を決意するわけです。
父の形見の刀に刻まれた「誇りのために生きることができないときは、誇りのために死ぬべき」を胸に。
ずっと夢見る夢子さんだった蝶々さんが、子どもを授かり、愛と嫉妬を知り、
死を選ぶことで最後の最後に人間になる。
ここはイタリアオペラですから、武士云々より「愛」にかかる比重の方が多いように感じます。
一方ドラマの蝶々さんは、最後の「自害」を武士の教えと結び付けようとして、
かなり苦戦しているように見受けられました。
いろいろ唸りたくなる点はあるもののそれはさておき、私が一撃くらったのがラストですね。
別離後、蝶々さんの誇りを尊重してわざと再会せずに帰ったアメリカ士官が、
自分と蝶々さんの息子を引き取るために、「妻」が出向くことを許すとは、
この思いやりのなさはいったいなに……。
裏を読めば軍務があるとか、シナリオ的技法だとかいろいろ考えられますけど、
それにしてもなぜあそこで「本妻」を!!!
そのせいで、蝶々さんの自害が武士の娘の誇りと結びつかなくなっちゃったんですよ。
だってあれで自害しては、己の誇りを守るどころか、
絶望で自害してしまったように受け取れてしまいますから。
もちろん「そうじゃない」という見方も理解できますし、私もそういう解釈もあると思ってます。
だからもやもやした気持ちが残ってしまうのですよね……。


オペラの蝶々さんといえば、フレーニが一番好きかなあ。
「ある晴れた日に」。
夫の帰りを待って歌うアリアです。

[ 2012/01/19 23:56 ] 時代劇 | TB(0) | CM(2)
語れるのは、オペラの方だけです(笑)

オペラの「蝶々夫人」の初演版は、現在知られているバージョンとは、少し趣きが違うそうです。
まぁ、最期は、同じですけど。

プッチーニのその前のオペラもヒロインのダイビングで終了なのですが、
プッチーニは、「敬虔なキリスト教徒のイタリア女がダイブングするわけない!」と台本に大反対だったそうです。
(原作者の力が強く、ラスト変更が許されなかった)

でも、蝶々さんのラストは、そのまま(^^;)

ミレッラ・フレーニのこの映像、懐かしいです。
舞台収録ではない、映画版ですね。
当時、見た日本人が、描かれた長崎の風景が、
荒野の果てだったことにショックを受けたという(笑)

可愛らしい蝶々さんには、フレーニの声は適役でした(^^)
[ 2012/01/21 20:51 ] [ 編集 ]
> プッチーニは、「敬虔なキリスト教徒のイタリア女がダイブングするわけない!」と台本に大反対
独逸にいたころ、歌科の人や声楽家によく言われましたよ。
「なんで蝶々さんて自害するのかわからない」
多分、欧米では理解できない行動だと思います。
「これで自殺してたら自分の恥を認めることになるし、アタシはいや!」
などと言われたこともありますが、そんなこと言われても^^;
誇りのために、名誉のためというならば、
彼らはそれらを取り返すために死よりも戦いを選ぶでしょうからねえ。


> 荒野の果てだったことにショックを受けたという(笑)
これねー、すごい荒野ですよね……。
私も「ココハドコ?」と思いましたもん。
でもそれより、ドミンゴの障子紙ダイブのほうがよほど衝撃的で、
あれですべてが吹き飛んだような……。(爆
ポネルの演出は、フィガロやセヴィリア、チェネレントラのようなコメディ要素を含むものはいいんですが、
シリアス系は彼の特性が裏目に出ていたような気がいたします。
ああ、久しぶりにフィガロが見たくなりました。
確かフィガロもフレーニがスザンナでしたよね。
[ 2012/01/22 00:10 ] [ 編集 ]
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