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運を守る新田神社 

大田区の新田神社へ行ってきました。
ここは新田義貞公の次男、新田義興公を祀った神社です。
新田さんが越後にいたことは知っていますが、南北朝に関する知識はほぼゼロです。
そんな私がなぜこの神社へ行ったかというと、
どうも今年に入ってから「ついてないなあ」と感じることが多かったので、せっかく都内へ出るのなら、
パワースポットへ行ってお祓いとお浄めをしようと思い立ったからです。
いろいろパワースポットや神社の御利益などを検索してみたところ、

「新田大明神」は武運長久・家運隆昌・必勝開運、運を守る神つまり守護神としての恩恵を施す

とあり、これだ!と思った次第。
それで調べてみれば「あらら、新田義興公の神社なのね」と。
特に今年のパワスポというわけではないと思いますが、ワタクシの勘に従い行ってみました。

新田神社

武蔵新田の駅から徒歩3分とあったのですが、
行けばわかるだろうと思ってあまり道を確かめておかなかったため、ちょいと迷ってしまいました。
ものすごい突風の中を歩いて歩いてたどり着いてみたら、
本当に商店街の中にあって地元の鎮守様という感じ。
暖かい雰囲気が心地よくて、近所にこういう場所があるのはいいなあとうらやましく思いました。

御神木

こちらの御神木は欅で樹齢700年。
江戸時代に雷が落ち、その後戦災で真っ二つになってしまったそうですが、
今でも春には芽吹いて緑の葉を茂らせるそうです。

御神木について

霊験に「若返り」があるところにどうしても目が行ってしまいますね。(笑
私も時間の許す限り御神木に寄りかかって「気」をいただいてきました。
そのどっしりとした大きさに、なんだか子どもに返る気がしました。
とても不思議……。

実はこちらの神社、なぜか恋愛運アップにもご利益があるという情報を事前にキャッチしておりました。
何しろLOVE神社という石碑まで立っているのですから、何かあるのでしょう。
でもなぜなのかわからず……。
行ってもわからず……。
帰ってきてから再度調べたら、どうも境内にハートマークがある模様。
そのせいなのか……? 
それで恋愛運にもご利益があると言われているのか?

最後にお守りをいただいてきました。
そのとき私、生まれて初めて、「ご加護がありますように」と言われました。
神社ではお守りは売買とは言わないですよね。
たいてい「〇〇円お納めください」→「ありがとうございました」の流れだと思うんですけど、
こちらの神社では「ご加護がありますように」!
うわー、なんだかめっちゃ感動してしまいました。
神社の雰囲気もとてもいいですし、また参拝に来よう。
今度は近くの史跡めぐりもしたいところです。
[ 2011/03/04 23:16 ] 史跡めぐり | TB(0) | CM(2)
私めは、義興君が惚れた少将の局が関係しているのだろうか?と思ったのですが・・・・
ちなみに少将の局は、最初美人局要員でしたが(←をい!)、結果的に義興君に惚れてしまい、義興君をピンチから救っているのでございます^^;;

ちなみに、新田神社の東側の方向、蒲田駅近くに女塚神社がありますが、そこに少将の局が祭られています

それにしても・・・・新田さん関係の神社が、そのように参拝客が喜ぶ対応をされていると聞くと
ニッタニスタ(←??)党(全党員一名)党首の私としては、とてもとても嬉しゅうございます(爆)

お陰様で、ここには絶対行かなければ・・・・と、決意を新たに致しました(笑)

実は、景勝君の実家は、新田一族が新たに開発した領地でございます^^
後に安房国の戦国大名になった里見氏は、もともと新田一族でして(里見氏は、新田氏の祖・義重の庶長子の流れを汲んでいると思われます)
新田さんがまだ新田庄にいた時まで、上田長尾家の領地あたりを所有していたのが、里見氏でございました(←渡しの記憶が確かならば・・・・)
足利尊氏が後醍醐天皇の元から離れようとした時、新田さんの領地(上野&越後)を勝手にお母さんの実家の「上杉氏」に与えたのを切っ掛けに、新田・足利の本格的紛争が勃発するのでありますが・・・・

そんな風に歴史が流れているのにも関わらず、ニッタニスタの私めが、後にカゲカツィストにもなるなんて・・・ある意味矛盾しているような気がしない事もないような・・・です(笑)

長々と独り言を申し上げまして、申し訳ございませんm(_ _)m
[ 2011/03/05 21:37 ] [ 編集 ]
おおおお!
詳しくありがとうございます。
少将の局のことはどこにも書いてなかったと思います。
神社の前にでっかい縁起の看板もあったんですが……見落としたかな?
新田さんがいたときも揚北の人たちは頑強に抵抗していたんじゃなかったでしたっけ?
以前何かで読んだときに、「この人たちはこの頃からこうだったのか」と思った記憶がございます。(苦笑
↑といっても心もとない記憶でございます。

> 新田さんの領地を勝手にお母さんの実家の「上杉氏」に与えた
ということは、ここから越後上杉家というものが始まるのですかー。
おおおーつながった!
長く残っている家をたどると、歴史の流れが垣間見えて面白いです。
新田神社は本当に町の鎮守様といった佇まいです。
御神輿もきちんと管理されていてきれいでしたし、参拝も多いのでしょうね。
新年には甘酒がふるまわれるのがみなさん楽しみのようですよ~。
義興公の塚は入ると祟ると言われてるそうですが、
中は剪定および管理のためか、しっかり竹が組んでありました。
造園の方は神社でお祓いをしてから作業するんだろうなあとか考えておりました……。
ニッタニスタとしてはぜひとも出向いてくださりませ。
[ 2011/03/09 02:58 ] [ 編集 ]
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