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長州紀行1 ~長府城下~ 

長州紀行その1です。
長府藩は長州藩の支藩の1つです。

へー、と思って調べたら、初代藩主は毛利秀元だった!
旅行から帰ってきてから気づきました。
うわー、弁当の人だよーーー。
関ヶ原のとき、南宮山に陣取った毛利軍への「兵を出してください」という要請に対し、
「今、兵に弁当を食べさせているため動けません」というかなりひねりの効いた答えを返しました。
(いとこの吉川さんとかその辺の事情はここではスルーします。)
ついで秀元といえば鮭弁当ですよね。(笑
長府にいるときは全然わかってなかったよ。
だって中国地方一帯ってみんな毛利さん繋がりだから、
誰がどこの領地とか全然意識してなかった。
ああ、惜しいことした!
やっぱり旅に予習は必要ぜよー!

毛利邸

こちらは維新後、毛利さんが東京から戻ったときに使用した本邸だそうで、
明治36年の完成。
ちなみに長府の城址は大内さんの時代に築城された城の石垣が残っているようですが、
今回スケジュール的に余裕がなかったので訪ねていません。



古江小路


長府の城下町には、こうした小路や辻がたくさんあります。
こちらは古江小路。
小路と書いて、「しょうじ」と読むんですって。
ここを歩いていくと、右手に大きなお屋敷の跡が見えます。




菅家長屋門

菅家(かんけ)長屋門。
菅家は秀元が京都から招いた医者だそうで、その後代々長府藩の藩医と侍講職を務めたのだとか。
長屋門は武家や侍の屋敷の表門ですが、庄屋や苗字帯刀を許された家だとかでも持っていたようです。
ここから長府藩における菅家の地位というのがうかがえますね。



横枕小路

横枕小路。
練塀が有名な小路だそうですが、近くに乃木神社があって乃木邸が復元されてます。
長州になぜ乃木希典?と旅の間中考えていましたが、長府藩士の生まれだったとは!
学生の頃本を読んだはずですが、覚えていないもんですねえ。
旅先で意外な事実を知ることができるのも、歴史をたどる醍醐味だったりします。

こういった辻も、いまでは普通に生活道路として使われているんですよね。
何気なく時代に浸れるなんて羨ましい限りです。
変身願望のある自分としては、こういう道を袴に二本差しで歩いてみたいなあ……。
なんて。(笑
[ 2011/02/15 00:07 ] 史跡めぐり | TB(0) | CM(2)
今もそのまま残っているんだ。へえ。父方の田舎は、長州だけど、私は何も知らない。
一度、いろいろ見て回ってみたいなぁ。
歴史、特に長州の話だとうちの父はものすごく詳しいので、もしよかったらうちに遊びに来てね。昔、高校時代の歴史好きの友達が聞きに来たことあったよ。
[ 2011/02/16 07:54 ] [ 編集 ]
ちゃなさんのお父様は長州出身って、そういえば聞いていたよ。
子どもの頃とか行かなかったのかな?
私は幕末のそれも討幕側はさっぱりわからないので、
ここも連れて行ってもらわなければ見ることができなかった。
萩津和野は有名どころで昔の街並みが残っているよね。
関東だったら川越も。
行ってみたいところは国内でもたくさんあるわー。
なぜ日本にはBahnCardがないのだろう……。
お父様からぜひ長州のお話伺いたいです♪
[ 2011/02/16 23:25 ] [ 編集 ]
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