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野次馬…… 

歴史スキーとして史料やら小説やらを読んでいると、
時々自分が“ただの野次馬”なんじゃないかと自己嫌悪に陥ることがあります。
歴史上の登場人物を追っていくと、当然ながらその人の一生を知ることになります。
どういう幼少時代を過ごし、どのような結婚生活を送り、どのような最期を迎えたのか。
謎の部分があれば、それを知りたくもなってしまいます。
これってよく考えると、プライベートの侵害も甚だしい行為ですよね。
赤の他人の生活を覗き見して、残された手紙をつぶさに研究したりなんかして。
もちろん歴史研究のために必要なことだとはわかっているんですけど、
その人物のことを深く追っていくうちに、
「こんな手紙、他人に読まれたくなかっただろうな」みたいなのに出会うと、
ものすごくごめんなさいという気持ちになってしまいます。
歴史スキーのみなさんは、そんな思いを持つことはないですか?

先日家を出たところ、数軒先の家の前に救急車が停まっていました。
私は車だったので徐行で通り過ぎたのですが、そのときの野次馬の多さに呆れてしまいました。
近所のおばさんたちが10人以上集まって、遠巻きにその家を見てる。
ちょっと先の小路からも、5人くらいのおばさんたちが覗いてます。
しかも談笑してるの!
これってどうなの?
もし自分が救急車に乗る立場だったら、誰にだって見られたくないですよ。
まあ自分の家の前に救急車が停まったら確認はしますよね。
何があったんだろうって。
でもそれ以上見ようとはまったく思いません。
ましてや家の外に出て、事の成り行きを見守ろうだなんて。
人間のとても嫌な一面を見た気がして、この日は1日気分が悪かった。
それと同時にまた、歴史に深入りしすぎている自分も、
この人たちとどこか同じなんじゃないかとふっと思ってしまった……。

考えすぎなんだろうけど、そんな風に思ってしまうことがあるのです。
[ 2010/10/20 22:10 ] 日常 | TB(0) | CM(6)
人の人生を覗き見ですか・・・
公的な文書ならともかくも「私」の部分の多い手紙とかなら
確かに、あまり面白おかしく取り上げるのはどうなんでしょうね。

実は今まであまり気にしたことがなかったのですが
いわれてみれば

歴代の徳川将軍なんかも、遺骸を本人には断りもなく調べられて、
やれ背が低かったの美形だったの血液型が何だの
本人にとっては大きなお世話だろうと思います
まじめに調べられればられるほど、本人は腹が立つんじゃないかなあ・・・
まじめに調べたからといって調べた学者の思い込みが
ないといえなくもないわけで
本人からは全く何の反論も出来ないわけだし

手紙にしてもそうですよね
前後のシチュエーションは類推するしかないので
その解釈が本当に本質を捉えてるかどうか。


大学時代の友人の一人が、そういう野次馬タイプで
友人や仲間の恋愛モヨウばかりチェックしていました
それこそ卒業してからも・・・
一緒に遊びに行くとそういうネタばかり話すし
昔のネタでも人をイジるので
自分のネタは極力漏らさないようにしていました。

名古屋の旧住所に、転勤して名古屋に戻ってきたって言う
はがきが来ていましたが、無視しています(笑)
[ 2010/10/22 00:37 ] [ 編集 ]
私の考えすぎなんだとは思います。
でもあるとき、記事にしたような気分になったことがあって、
それ以来時折こういう考えがよぎるんですよね。
本来であれば決して赤の他人の眼に触れることのなかった手紙が、
研究という名の元に広く公開され、時にはネタにされてしまう。
自分もネタにするので矛盾しているといえば矛盾してるんですが……。
木暮さんが例に挙げられたように、遺体の発掘調査とかも歴史的には意義があるのでしょうが、
「そこまでやるか」っていう気持ちはどうしても持ってしまいます。
死者はそれに逆らえないのだし、反論もできないですもんね。
謎は謎のままではいけないのでしょうか。


> 友人や仲間の恋愛モヨウばかりチェックしていました
ああ、そのタイプいましたよ、私の周りにも!
ちょっと学校で男の子と一緒に歩いていたりなんかすると、
わざわざ電話がかかってきて「ねえ、〇〇くんと付き合ってるの?」とか聞いてくる。
しかもそれで勝手に思い込んで嫉妬されたりしたらたまりません。
そういう人はあることないこと想像して吹聴しますから本当に迷惑です。
距離を置いた方が身のためですよね~。
[ 2010/10/22 23:28 ] [ 編集 ]
難しいところですね~

歴史を調べていると、その時、当事者はどの様な思いでいたかも知りたくなります。

でも、その当事者は、その時気持ちなんか、他の人に斟酌されたくない!、と思っているかも知れませんし。

その人のことをどんなに尊敬し、好きで好きで大好きでも(爆)
やはり、無礼であることには変わりないでしょうね。

愛があれば許されることでもないでしょうし(笑)

私は、あの世に行ったらまとめて、調べ回ってごめんなさい!
記事にしてごめんなさい!
ネタにしてごめんなさい!(爆)
と、謝ろうと考えて、今生では、活動しようと思っております。
[ 2010/10/23 15:04 ] [ 編集 ]
政治的な文書はいいんですけど、私的なお便りは、
読んでしまっていいのだろうか、と思ってしまいます。
自分が死んだあとに自分のラブレターとかが発掘されて、
まったく知らない人間が読んだらイヤですしー。
知ってる人間の方がイヤかもしれないけど。(爆
歴史スキーとしては文書があれば読みたくなってしまうので、
非常に矛盾した思いではあるのですけど、
せめて誠実な気持ちで向き合うしかないなあと思っております。
[ 2010/10/25 23:54 ] [ 編集 ]
遅いコメントですいません。

「歴史を学ぶということは、過去との対話である」ということを書いた歴史家がいます。
相手の内面と「対話」をするなら、当然自分の内面もさらす覚悟が要りますよね。
カタリーナさんの考えは、とても誠実な考え方だと思います。

史料には公的な文書もあれば、私的な文書もありますが、私的な文書を読んだ時、それまでの人物に対する評価が一変してしまうこともあります。
身近な例で、ある教育者の人物研究をしていた学友が、調べるうちに愛妾がいたことを知り、ショックを受けて研究を止めてしまったこともありました。
彼女は、その教育者の思想を知ろうとした時に、「対話」に抵抗を感じていたのだと思います。
個人的には、内面的なものと、その背景を知らなければ、その人物の思想は分からないと思います。とすれば、過去の人物と向き合うことは、自分の内面と常に対照させる姿勢があってもいいのかもしれません。

そう考えた時、自分はライフワークとしている人物研究対象に、どこまで自分自身の内面をさらけ出せているのか、まだまだ自信がないです。
そういう意味で、今後の研究姿勢についての考えを深めるような、いい感覚をいただけたような気がします。
[ 2010/10/28 01:20 ] [ 編集 ]
コメントありがとうございます。
非常に深いコメントで、こちらのほうこそいろいろ考えてしまいました。

> 相手の内面と「対話」をするなら、当然自分の内面もさらす覚悟が要りますよね。
そういうことなのかと、今とても納得できました。
過去の人物でなくとも、私たちは相手に対して自分なりのイメージを持ってしまうものですよね。
それにそぐわない事実が出てきた場合、受け入れられるかられないかは大きな差になりますね。
研究していくうちに知りたくないことまで知ってしまうことはよくありますし、
ひさやさんのご友人のケースもとてもよく理解できます。
仕事柄音楽関係の例で申し訳ないですが、かの有名な作曲家のバッハは、
宗教音楽をたくさん作曲し、その作品は神の如くとまで言われています。
彼は2度の結婚をし、20人の子供をもうけました。(成長したのは9人だけ)
その事実に、「バッハなんか偉くない、ただのオヤジ」と言ってバカにしてしまう人もいます。
でもそうでしょうか。
人間らしい、ある意味本能的な生活をしていたからこそ、
より神へ近づきたいとの思いが強く、それが深い信仰につながり、
天才的な音楽へ昇華したように私は思っています。(もちろん才能ありきですが)
これとて私の勝手な解釈であって、
本人はもしかしたらそんなことこれっぽっちも思ってないのかもしれませんけど。
読み解き方、というよりも、ひさやさんが仰るように、
相手とどのように対話をするかということなのかもしれませんね。
それであれば、自分も正直に、なおかつ誠実に向き合いたいと思います。
なぜなら過去の人物はまったく反論も弁明もできないのですから……。
[ 2010/10/28 22:51 ] [ 編集 ]
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