宝塚星組公演『ロミオとジュリエット』(ハバネロ味)

フランスミュージカル「ロミオとジュリエット」の評判を知ったのは数年前。
一度観たいと思っていましたが、日本で上演するなら東宝だろうなーと漠然と思ってました。
まさか宝塚でやるとはね、ちょっとびっくり。
さすがに梅田や博多まで遠征できなかったので、DVD鑑賞です。(公演情報はコチラ)
評判どおり、とっても素敵な作品だなと思いました。
しかし今回は、ハバネロ味いちごみるく味(→)の2種類で、
レビューを書かざるをえない感じです。(苦笑
ものすっごく長いです。
こちらはハバネロ味です。
OKの方だけお読みください。


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この作品は、歌・歌・ダンス・歌・ダンスという感じで、
芝居的要素よりもショー的要素の強いミュージカルだと思います。
特に歌の占める割合は非常に大きく、主要キャストは歌えることが絶対条件でしょう。
それは、宝塚にとってはかなり厳しい条件であると言えます。
宝塚というのはヴィジュアル、芝居、歌、ダンス、雰囲気の総合で成り立つ舞台なので、
一芸に秀でているだけでは足りない。
例えばオペラであれば、極端な話、歌が歌えれば万事オッケーなところがあります。
ひどい大根でも、歌さえ満足に聴かせてくれれば許せます。
ところが宝塚はそうはいかない。
むしろ芸はそこそこでも、空気を作れる人、雰囲気のある人が重要な気がします。
いわゆる魅せ方を知っている人ということになるのかな。
それは宝塚がこの世にはない「夢」を見させなければいけないからなのですが。
そういう特徴を持つカンパニーが、とにかく歌を聴かせなくちゃいけない演目を上演するのは、
正直なところ、ものすごいチャレンジだったと思います。
宝塚のキャスティングは、組内のポジションによってある程度決まってしまいます。
他の舞台のように、その役にあった人間をその都度キャスティングすることはできません。
そういうシステムは、このような非宝塚オリジナルな作品をやる場合に弊害を生みます。
歌ウマが欲しいところへ、歌ウマを配置できない弊害。
星組ロミジュリの残念な点は、この作品最大の魅力である歌を聴かせられなかったところでしょう。
本当はどういうメロディーなんだろうとか、本当はどういうハモリなんだろうとか、
耳がオロオロしてしまうお歌があちこちに。(苦笑
そう言ったら、まったくの失敗作ととらえられてしまいますが、そうではないです。
それを補って魅せるものはあります。
歌だって全部が全部ダメなわけじゃなく、聴かせてくれる人ももちろんいます。
しかしこの記事はハバネロ味なので。(苦笑
で、そのお歌なのですが。
音程云々はさておき、多くの人に「歌う腹筋」が足りないと感じました。
もう少しお腹で支えることができたら……っていうところばかり。
キーが合わないのはかわいそうではあるのですが。
一歩突っ込んで書かせてもらえば、ジュリエットが歌ウマでないのはつらいです。
この作品は「ロミオとジュリエット」ですから、当然この2人には素敵な歌がいっぱい。
せめてこの2人が美しく聴かせてくれれば、ある程度満足できたと思うんです。
ジュリエットの夢咲さんは、とにかく体が固まってます。
ダンスを見ていてもそうなんですけど、すごく力が入っちゃってる。
多分、頑張らなきゃっていう気持ちが強すぎるんじゃないかなー。
なんかこう見ている方としては、「ガンバレー! よいしょ、よいしょ、あとちょっと!」って、
心の中で掛け声をかけちゃうんですよね。
だからジュリエットの歌が終わると、「あー、無事終わったー」って一緒に疲れちゃう。(笑
もう少し力を抜けるようになれば、良くなりそうな気がするんですけどねえ。
でもそれが実は一番難しいことはよくわかります。
歌声は音域も狭いみたいですが、地声と裏声の使い方が改善されるといいのかもしれません。
地声だけとか、裏声だけで歌ってる場面はそう悪くないんですよ。
両方混ざってくるとヤバくなるんですよね。
中間の音も不安定だけど、地声から完全に裏声に移行するとフニャーってなっちゃうのは痛い。
DVDだからはっきりわからないけど、声量はなさそうではないんだけどなー。
うーん、やっぱ腹筋か。
ジュリエットだけに言及して申し訳ないですが、作品が作品なので……。
全体を見てみても、オケ伴の音がわりと薄めに作曲されてるようなので、
歌を全面的に支えてもらえない面があります。
本来は伴奏の音をシンプルにすることで、歌声を存分に聴かせようってことなんでしょうけど、
そうなると歌い手さんの力量にかかってきちゃうんですよね。
このあたりも、この公演ではマイナスに作用してしまった気がします。

とまあ、ハバネロ味で書いちゃいましたけど、実際この作品の歌は難しいです。
そもそもこれを日本語で歌うことが困難!
フランス音楽って、流れるメロディーにフランス語のリズムがつくことで、美しく響くんですよ。
軽いアクセントや、発音しない文字(例えば dans の s とか)が作る響き、
そしてリエゾンといったものが織り合わさって独特のリズムが生まれる。
それが柔らかい心地よさに繋がってるんですよね。
そういう意味では、私はドイツ語版もNGです。
ドイツ語のきついアクセントが、フランス独特の柔らかいメロディーをぶち壊してるからです。
それはさておき、こうしたフランス語のリズムは、残念ながら日本語にはまったくないものです。
この音楽にどれだけうまく日本語をはめようとしても、それはもう無理というもの。
だとすれば、どこかでそのリズムを作り出さなくちゃいけない。
日本語を生かすのか音楽を生かすのかは、役者や演出家の解釈によりますけど、
それを考えずに音符を追って歌ってしまうと、一体どういう歌なのかわからなくなります。
聴いていて、どこに拍があってどういうリズムなのかさっぱりわからず、
気持ち悪くなっちゃう瞬間が何度かありました。
あとね、西洋音楽ってハーモニーが大事なんですよ。
音楽をハーモニーでとらえられるかどうかで、随分音楽が変わります。
この作品は特に音楽の曲調がめまぐるしく変わるので、
余計にハーモニーをとらえていかないとわけわかんなくなっちゃうんですよ。
でもこれもね、日本人はあんまり持ってない感覚なんですよね。
ヨーロッパだと子どものころから聖歌隊に入っていたりなんかして、
ハーモニー感覚が鍛えられてるけど、日本はそういう環境にありません。
こういう欠点を補うのがオケのはずなんですけど、
なんかあんまりお役に立ってない感じでした。
この公演はオケが録音だそうですけど、一応編曲の先生がいらっしゃるので、
宝塚用に独自に録音してるんですよね?
うーん、打ち込みの部分とか録音だからというのもあるんでしょうけど、
なんだかひどくリズム感ないし、ハーモニーの移りは甘いし、
私はむしろこれにものすごくイライラしました。

私的結論。
この作品を日本で上演するのはとてもハードルが高い。
「エリザベート」や「スカーレット・ピンパーネル」のほうが簡単とまでは言いませんが、
ずっと上演し易い演目でしょうね。
そしてそういう作品をそれでも1つの形に仕上げた星組さんは良くやったと思います。
もちろん、DVDを買って失敗したとは思っていないです。
それはまた、いちごみるく味で語ります。
それにしても2年前の星組「スカーレット・ピンパーネル」は、
素晴らしいめぐり合わせによる、奇跡みたいな舞台だったんだなとつくづく思いました。

いろいろ反論もあるかと思いますが、一意見です。
ここまで読んでくださった奇特な方にお礼申し上げます。

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