新選組! 第45回

「源さん、死す」

まず、各地で不評な<源さんマトリックスで弾丸斬り>について。
確かに初見(総合8時)のときは、「ここでそれ使うかー!」と、ちょっと引きましたが、
再見(BS2)の時、このCGは「悪くないアイディアだったのかも…」と思い直しました。
私は、あそこでCGを使うことに抵抗はありません。
ただ、その匙加減が重要だと思うんです。何を、どの程度、ということが。
そのあたりが、今回はちょっと上手くいっていなかった気がします。
公式HPの記事によれば、あの弾丸斬りは源さんの思いが天に通じた意味もあるとか。
でも私は、「刀vs銃」という、当時の状況の一つを表していたようにも感じました。
マトリックス方式で、あれだけ弾丸と弾の流れがクローズアップされることで、
まず銃の威力というものを見せつけられます。
しかし、その後斎藤が一人で斬り込んで行くと、
さっきまで威力を発揮していた銃が無用の長物となってしまう。
鳥羽伏見の戦いの時点では、
銃は最新式だけれど使いこなせていない武器だったということ、
そして新選組や刀が、まだそれなりに恐れられていたということなのでしょう。

そんな鳥羽伏見の戦闘シーン。
迫力や臨場感に欠けるのは、セット撮影だからというだけではない気がします。
どちらかといえば、これまでの戦闘シーンで一番力の入ったセットだったと思います。
それでいて「戦」に見えないのはなぜなのか。ちょっと考えてみました。
鳥羽伏見の戦いは、旧幕府側が一万五千の兵を擁した、言葉通り「戦」でした。
その中で新選組は約150名の参戦だったようです。
私は史実をまだきちんと読んでいないので、もしかしたら違っているかもしれませんが、
150名の隊士は、それぞれの組に編成されていたのではないのでしょうか?
組長の永倉、原田、そして源さんがいたわけですし。
しかし、永倉にも原田にも、例え少数でも麾下の隊士がいる気配がまるでないのです。
あれでは新選組というよりも、永倉、原田、斎藤という優れ者がいる、
「土方遊撃隊」のようにしか見えない。
源さんが撃たれたとき、あの堡塁に幹部が全員いるというのが奇妙でした。
それぞれの組が守るべき、あるいは攻撃すべきポジションがあるはずでは?
たとえ試衛館ズ全員で源さんを見取るとしても、少なくとも一組くらいは別所にいて、
源さん被弾の報に、あとから駆けつけて欲しかった。
そうすれば、まだどこかに「戦」の匂いが感じられたように思います。
更に、源さんをみんなが囲んでいるときに、薩長連合軍の攻撃が止んでいるというのも…。
こんなリアリティのなさが、チャチと言われる戦闘シーンの原因と考えます。
思えば、昔から見て見ぬふりをしていた違和感。
それが、組の縦の構図が見えてこないことでした。
沖田にしろ永倉にしろ、彼らに配下の隊士がいることが伺えない。
市中見回りのとき、確かに沖田は数名を引き連れていましたが、
あれだけでは物足りなかった。
末端の隊士たちの詳細まで描けとは言いませんが、
もう少し新選組の組織としての大きさを、見せてもらえていたらなあと、
今更ながらに残念です。

最後に源さん。
幽霊で登場にも賛否両論みたいですが、演出はどうであれ、私は賛成。
というか、源さんらしいと思いました。
最後の最後まで気にかけていた近藤さんに挨拶がしたい。当然だと思いました。
そして、小林隆さんが演じた源さん以外には、きっと似合わないでしょう。
初めはきっちり姿が映っていたのに、だんだん透けていく源さん。
近藤さんも、途中で源さんが死んだと悟っていく。
こうして源さんの最期を見届けてみて、
「もしかしたら源さんが一番強かったのかも」
と、そう思いました。
ずっと近藤さんを見守り続け、何があっても黙ってついてきた。
そして、一番みんなが動揺しているときに冷静に言葉を発せられる。
局長が撃たれてうろたえる土方に喝を入れ、先走る永倉たちを諌め…。
奉公人のような振舞いをしながら、実はきちんと物事を見ている人だった。
だからこそ、近藤さんも土方副長も、無意識に源さんを頼っていたのでしょう。
源さんの死の悲しみは、次回以降、その不在を認識するまで取っておきます。

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