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慰め 

東北関東大震災から20日になります。
世界各地で慈善コンサートが開かれています。
3月16-18日に定期演奏会を予定していたベルリン・フィルは、
曲目を一部変更して3日間の演奏を被災地へ捧げました。
これに先立って、音楽監督のラトルと第1ヴァイオリンのヘーシュが、
日本語と英語でコメントを寄せてくれています。




続いて3月29日にはベルリン・フィル(指揮ラトル)とベルリン国立歌劇場管弦楽団(指揮バレンボイム)が、
日本を支援するためにとユニセフを通じた合同演奏会を開きました。




こちらはドイツ語に英語字幕ですが、ラトルとバレンボイムが慈善演奏会に先立ち、
「このどうしてみようもない状況において、具体的に支援する必要があると慈善コンサートを計画しました。
私たちは日本のことを思っています。ここからできることをやります」
というようなことを言っています。
演奏会はデジタル・コンサート・ホールでライブで見ることができたんですが、
うちは回線が遅くてストリーミングには全く不向きなので、残念ながら見ていません。
年間パスが149€(18,000円くらい)なので、環境さえ整っていれば契約したいところなのですが。

彼らの言葉を聞いていて、はっとさせられました。
この天災からこのかた、私はずっと音楽の役割というものを考えていました。
その答えがここにありました。
「慰め」
多分、この一言に尽きるのだと思います。
同情でも悲しみでもなく、慰め。
「慰め」という言葉にはすべての意味が含まれていることに気づきました。
その人の心を受け止め、寄り添い、励まし、癒す。
音楽は具体的な意味を持ちません。
だからこそその存在意義は、まさにここにあるのだと今初めて実感しました。
慈善コンサートのプログラムは、チャイコフスキーの「悲愴」とブラームスの4番。
どちらも痛みと慰めが感じられる曲です。


少し古いですが、ベルリン・フィル&ラトルのブラームス4番の終楽章のデモを。


[ 2011/03/31 02:07 ] 音楽/クラシック | TB(0) | CM(6)

大人の樹へ成長しました! 1本目 

昨年8月4日に植えたグリムスの苗が、本日大人の樹へ成長しました。
準備が整ってから植樹とのことなので、しばらくこの子は植林スタンバイ組です。
初めて育った子なので、季節ごとの写真を並べてみました。

1280924531_00291.jpg
0日目 苗を植える


1294168982_01321.jpg
153日目 お正月を迎える


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193日目 バレンタイン


1299464483_06839.jpg
214日目 桃の節句


1301239164_03024.jpg
235日目 かなり育ちました


1301487910_09019.jpg
238日目 大人の樹へ

抹茶ロールケーキみたいな樹になるとは。
この子はどこに植えられるのかな。
植樹報告を待ちたいと思います。
[ 2011/03/30 22:42 ] グリムス | TB(0) | CM(2)

「敵討」 吉村昭 著 

先月放送していた「遺恨あり~明治十三年最後の仇討」がとても良いドラマだったので、
吉村昭の原作を読んでみることにしました。

本には2編収録されていて、最初が本書タイトルにもなっている「敵討」
こちらは天保の改革(天保年間1830-43年)を背景に、
伊予松山藩士熊倉伝十郎が、殺された父と伯父の仇を討つ話です。
熊倉伝十郎は苦節8年、仇を討つことに成功します。
当時仇討ちは武士にとって称賛に値する行為でした。
それと同時に、武士であれば仇討ちするのが忠孝であるという思想もありました。
仇討ちをするために藩から永の暇をもらい、どこにいるかもわからない仇を探し歩く。
運よく仇を討てる確率は非常に低く、たとえ討てたとしてもどれほどの年月がかかるかわからない。
仇が討てなければ帰藩はかなわず、そのまま世に紛れて暮らさざるを得なくなります。
残された家族が肩身の狭い思いをすることにもなります。
初めは憤りや憎しみという感情に押されて仇討ちの旅に出たとしても、
1年、また1年と仇を求めてさまよううちに、次第にそうした日々に倦み、
初めの感情が薄れてきてしまうのは当然のことと思われます。
仇への怒りとその仇が見つからないための諦めという2つの相反する感情の間で、
この松山藩士熊倉伝十郎も思い悩みます。
そんな彼を支えていたのは、仇が討てなければ帰藩できないという現実的な問題と、
もう1つ、武士としての矜持であったように思います。

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一方、ドラマになった2編目「最後の仇討」は、明治維新を背景に描かれています。
秋月藩士臼井亘理は幕末期における藩内の対立から妻とともに暗殺され、
息子の六郎が両親の死から13年後にその仇を討つ話です。
ドラマとは違い、六郎は生活を切り詰めて切り詰めて、独り孤独にひたすら仇討の機会を待ちます。
ドラマを見たときは、明治維新によって武士という存在が消滅した時だからこそ、
仇討ちという行為がより武士の矜持を表しているものと思ったのですが、
原作では、六郎の仇討の意志を支えていたものが敵への強烈な憤怒であったことが意外でした。
父と母を惨殺されたのは六郎が11歳のとき。
それを思えば彼の仇討が文字通り復讐であり、
「武士にとって仇討ちは美徳である」という江戸時代の風習は単なる建前、
あるいは免罪符にしか過ぎなかったとしても不思議ではないのかもしれません。

この2作は一緒に収録されていることに意味があると感じました。
江戸末期における仇討と明治の仇討では、
本質的なものが変わっているというのは実に興味深いものです。
そして2人の主人公に共通しているのが、どちらも仇討を目的に生きてきたがために、
それを達成した後の人生が空虚であること。
このことは、現代の私たちにも何かを考えさせるのではないでしょうか。
[ 2011/03/29 22:31 ] 読書/時代・歴史物 | TB(0) | CM(2)

現実逃避するとき。 

mixiには登録していますが、情報収集にしか使っていない状態です。
マイミクさんがmixiアプリをやっているのを見てはいましたが、
毎日何かのお世話したりするの面倒だしな……と手を出していませんでした。
それがここへきてハマってしまったー!

the Actress 華麗なる女優たち →

新人女優さんから世界一の女優さんを目指すRPGといったところでしょうか。

[mixi] the Actress 華麗なる女優たち

LUXの新製品(ボディーソープ)のプロモゲームのようですが、
課金無しでこれってクオリティ高くないですか。
私、ゲームはほとんどやりませんが、たいてい登録は無料でも、
アイテム購入しないと先へ進めないとかが多い印象があります。
女優さんとしてお仕事こなして経験値ためて次のステージへって感じでゲームは進むんですが、
ステージごとに現れる恋人とのロマンスが楽しみだったりします。(笑
ステージ6まであるので、その間に6人とお付き合いすることになるわけですけれども、
恋人を乗り換えるときに若干胸が痛むのはなぜ。(爆
まだステージ6まで行ってないので全員とお知り合いになってませんが、
これまでのところ、どの人もセリフがかゆくてどうしようもありません!!!
声優さんに罪はないのですが、吹いてしまうときがあります。(笑
ただここまで現実とかけ離れていると、かえって現実逃避にもってこいだったりします。

地震以来、テレビが消せないとみなさんおっしゃってますね。
テレビをつけるとつい見続けてしまう、と。
撮りためたドラマでも見ようかなあと思うんですが、
私も結局そのままニュースを見てしまう。
被災地外の人たちも、あまりそういう情報に触れすぎると精神的によくないと読んだので、
近ごろはなるべくテレビをつけないようにしてはいるんですが、やっぱり気になる。
そういう中で少しでも心をリフレッシュできるものがないかと思っていたときに、
このアプリと出会ってしまったわけで……。
妄想族にはたまらないゲームかもしれません、絵もきれいだし。

とりあえず、シャンプー&リンスはLUX使ってます。
ずっと昔から。
[ 2011/03/27 00:56 ] 日常 | TB(0) | CM(2)

Trauer um die Opfer (被災者を悼む) 

東北・関東大震災に続いて福島原発の危機。
この災害以来、ドイツに住むちゃなさんと何度もメールを交わす中で、
「海外では原発にばかり注目が行っているけれど、
日本はそれ以外に何十万という避難者を抱え、
万を超す死者と行方不明者がいるということを忘れている」
と書き、実際には消して送らなかったことがあります。
送らなかった理由は単にメールが恐ろしく長くなったからなのですが、
原発問題にあまりに悲観的で過激な論調の多い海外メディアの様子を知るにつれ、
「日本が抱えてる問題は原発だけじゃないんだよ!」との気持ちが大きくなっていました。
確かに原発は日本だけでなく、世界にとっても重大な懸案であることに変わりはありません。
少ない情報の中で、日本から遠い地だからこそ騒ぎ立てるのもわからなくもないです。
けれど何が本当で何が本当ではないのか見極めるのは、一般市民にはあまりに難しい問題です。
流れてくる情報だけを頼りに、放射線への恐怖を何とか和らげようとするのが精いっぱいです。
ジャーナリズムがどうのこうのと言うつもりは全くありません。
ただ、そういう私たちを、わかってくれているジャーナリストがいることを知り、
これは緊張の毎日を送る日本人にとって心落ち着くものだと思いました。
ちゃなさんが紹介してくださったドイツ「週刊経済」(Wirtschaftswoche)記事の日本語訳を見つけたので、
私もここで紹介します。

***********************************************

Katastrophe in Japan 
Liebe japanische Freunde,

親愛なる日本の皆様へ、

この場をお借りしまして、被災者やそのご友人、ご家族やご親戚の方々、
ならびに在独邦人の皆様にもお悔やみを申し上げます。
また、この百年に一度と言われる大災害に対するドイツの世論の反応を
大変恥ずべきものと考えています。
何十万もの人々が家を失い、雪と寒さの中で行方不明の方々に思いを馳せては悲しみに暮れ、
また数百万もの日本の方々が放射線の危害に怯えて暮らしています。

ひるがえってドイツはといえば、政府が非常事態を宣言しているのです。
しかし非常事態なのはむしろドイツ人の頭の中ではないでしょうか?
ヨウ素剤や放射能測定器を買いに走る人がいるかと思えば、
テレビではぬくぬくと暮らしている視聴者に向かって、
まるでこの世の終わりであるかのように煽りたてています。
しかし実際に災害現場で起こっていることを考えると、これらは馬鹿にしているとしか映りません。

いやらしいことに政治家たちはこの迫りくる核災害をいいことに、党利党略に走っています。
同じドイツ人として日本の皆様に申し訳なく思いますが、
同盟90/緑の党のクラウディア・ロート党首は、デモ行進の人達の列でわめき散らし、
次の選挙には勝ったも同然と内心ほくそ笑んでることでしょう。
しかしそれはまだ行方不明のままの犠牲者を冒涜する行為であり、
被災者の方々のことがすっぽりと頭から抜け落ちているのです。

また、日本の首相から直接情報が上がってこないといって苦言を呈していた大臣がおりました。
これについても申し訳なく思います。
これだけドイツの世論が敏感になっているのに
日本政府が構っている余裕があるとでも思っているのでしょうか。
さらにこうしたドイツの恥ずべき姿に拍車をかけたのが日本に向かった救助隊でした。
成田空港で迎えが来なかったといって、すぐに引き返してしまったのです。
所詮は同情ではなく旅行気分だったのでしょう。
メディアも憶測と事実を混同し、はなから「チェルノブイリの再来」を吹聴しています。
同業者として恥ずかしく思います。
こうしてドイツはパニックに陥り、同情し痛みを分かち合い、
被災者の方々のお気持ちに配慮することができなくなってしまっているのです。

日本の皆様の冷静沈着さにはつくづく驚かされます。
そうかと思えばドイツ国内では狂ったように騒ぎ立てるばかりで、お恥ずかしい限りです。
ドイツ人の振る舞いは、まるでしつけの行き届いていない子供の様で、
わがままで自己中心的で、はっきりいって無慈悲です。

しかしドイツにはそうでない人達がいることも、どうか忘れないで下さい。
彼らは沈黙し、想像を絶する痛ましい光景に心を動かされているのです。
そして原発の技術者や自衛隊員の方々が我が身を省みず、最悪の事態を食い止めるため、
自らの健康やいのちを危険にさらしているその姿勢を目の当たりにして、
深い敬意の念を抱いているのです。

私達は日本の皆様と心を一つにし、上から目線で語ったり、
自分達が正しいなどと言うつもりもありません。
まして自然災害にどう立ち向かうべきか教えてやろうなどとは夢にも思いません。
皆様とともに謹んで哀悼の意を表したいと思います。

ドイツ・Wirtschaftswoche誌 編集長 Roland Tichyより
http://www.wiwo.de/politik-weltwirtschaft/tabellen-1/japan-trauer-um-die-opfer.html

日本語訳 fachwerkstrasse
この記事へのリンクや訳文のコピペなどはご自由になさって下さい。
ただし、必ず元のドイツ語記事へのリンクはつけて下さいね。
(コメ欄より)
[ 2011/03/22 21:22 ] ニュース | TB(0) | CM(12)

I pray, I play. 

地震から1週間たちました。
事態は好転していません。

昨日はピアノのお稽古日でした。
この春小学1年生になる女の子、地震以来ちょっとしたことで泣くようになって、
緊急地震速報の音にまで過剰反応しているとお母さん。
被災地でなくてもこの状態だと、被災地はもちろん、
大きな余震が続く太平洋側地域の子どもたちのことも案じられます。
彼女はピアノを弾いている間は真面目だったけど、あとはお母さんにべったり。
教室を出るとき、
「バイバイ、また来週ね」
と手を振って別れました。

お稽古のあと、夜は定例の会議に遅刻で顔を出しました。
月に1回必ず顔を合わせるメンバー。
みんなどこか力なく見えました。
地震の話も出たけれど、誰も多くは語らず。
別れ際に、
「来月もよろしく」
と言って別れました。

来週、あの子に会えるのかな。
来月、彼らにまた会えるのかな。

ふとそんなことを考えたら、泣きたくなった。

今、全国民が一生懸命だと思います。
みんなが自分ができることをやっていると思います。
被災地で、避難先で、必死に生きている人たち。
被災地を支えるために動いている人たち。
募金、義援金、支援物資、節電、節灯油、節ガソリン。
そして原発内で働いてる人たち。
みんなの思いがどうか報われますように。

祈りは万国共通の行為だと思います。
そして音楽は祈りとともに発展してきました。
今はまだ音楽が必要な時ではありません。
でもいつか必ず、必要とされる時が来ると思います。
その日まで、私は祈って練習する。

I pray, I play.

それが今私にできることです。
[ 2011/03/18 23:47 ] 日常 | TB(0) | CM(8)

みなさんご無事でありますように! 

仙台の友人と連絡取れました!
今日の夕方にようやく電気が通じたとかで、話すことができました。
携帯の規制も緩和された模様。
彼女の家はテレビでも家屋倒壊など伝えられていた地区にあるので気にしていたのですが、
山手に建っているとかで家にひびなどの不具合もなく、
屋内もちょっと物が動いたりしたものの、皿が1枚割れただけだったとか。
揺れは恐ろしいほどで庭に伏せていても転がりそうだったと言ってました。
同じ市内でも、彼女のように全く被害のない家もある一方、倒壊した家もある。
そして海岸方面の壊滅的なことといったら……!
彼女のところは地震直後から電気とガスが止まってしまったために状況がわからず、
電気が通じた今初めてテレビで地震の有様を知ったそうです。
地震よりもむしろそのことにショックを受けている感じでした。
地震の怖さでほとんど眠れていないと言っていましたが、無事でよかった。
救助隊が入れるようになって、様々な形でサバイバルしてきた人たちが助けられています。
また、どこにも登録しないままに県外に逃げている人もいることがわかりました。
被災地と連絡が取れていない以上、
そういう人たちは行方不明にされているものと思われます。
どうか多くの安否の分からない人々が無事でありますように。
[ 2011/03/14 21:55 ] 日常 | TB(0) | CM(12)

大地震から一夜明けて 

大地震の被害は予想以上に大きく、本当に言葉がありません。
街が一瞬で呑み込まれていく様子に、今自分が暖かい部屋にいて、
温かいものが食べられる状態にあることが、ものすごい奇跡のように思えます。
未明の揺れで目が覚めてから一睡もできてませんが、夜のテレビを見て思いました。
……みんな寝てない。
首相も官房長官も寝ずなんでしょう、目が真っ赤です。
アナウンサーたちも顔がむくんでいたりして、仮眠しかとっていないのだろうなと感じます。
福島原発の人たちも、危険回避のために昼夜、ほとんど命を懸けて作業していることと思います。
被災地のみなさんは避難所にあって当然眠れないでしょうし、
大切な人が見つからない、大切な人を失ってしまった……と眠らぬ人もどれだけいることか。

さっき気づいたのですが、どうもソフトバンクの人とは連絡取りづらいです。
関東圏であってもメールが届いていません。
携帯番号で安否確認できる場合があるようです。

≪通信会社各社の安否確認サービス≫
NTT Docomo
KDDI
ソフトバンクモバイル
イーモバイル

今、岩手宮城に緊急地震速報が出ましたね。
夜中の揺れは本当に怖いです。
とにかくみんなの無事を祈ります。
[ 2011/03/12 22:24 ] 日常 | TB(0) | CM(10)

M8.8 

地震、ひどい揺れでした。
こちらは震度4とはいえ、とにかく長くゆっくりとした横揺れで、
これほど気持ち悪い地震は初めてでした。
みなさんの住む地区はどうだったでしょうか。
仙台に住む友人には地震発生直後にメールを送りましたがいまだ返信なし。
とても返信できる状況にはないとわかっていつつも、だからこそとても心配です。
テレビで見ると雪が降って非常に寒そうですし、電気もガスも止まっているとなれば、
この寒空にどうやって暖が取れるのかと、同じく雪の降る新潟から案じられてなりません。
秋田や山形も停電しているとの報道で、この雪のときになんという仕打ちでしょう。
うちまで来れるのであれば暖かい部屋に入れて差し上げたいくらいです。

揺れの激しさだけでなく、津波の恐ろしさもまた他人ごとではありません。
うちは海岸に近いので、津波が来たら襲われる可能性があります。
Flood Maps
↑ここを見ると、津波の規模によって水没する可能性のある地区がわかります。
被害の大きさを見るにつけ、ますます言葉を失っています。

まだまだ続く余震に、もうほとんど四六時中揺れているような感覚になっていますが、
被災地の復旧のためにも、まずは早く収まってほしい。
今はそれを願うばかりです。
[ 2011/03/11 22:16 ] 日常 | TB(0) | CM(10)

運を守る新田神社 

大田区の新田神社へ行ってきました。
ここは新田義貞公の次男、新田義興公を祀った神社です。
新田さんが越後にいたことは知っていますが、南北朝に関する知識はほぼゼロです。
そんな私がなぜこの神社へ行ったかというと、
どうも今年に入ってから「ついてないなあ」と感じることが多かったので、せっかく都内へ出るのなら、
パワースポットへ行ってお祓いとお浄めをしようと思い立ったからです。
いろいろパワースポットや神社の御利益などを検索してみたところ、

「新田大明神」は武運長久・家運隆昌・必勝開運、運を守る神つまり守護神としての恩恵を施す

とあり、これだ!と思った次第。
それで調べてみれば「あらら、新田義興公の神社なのね」と。
特に今年のパワスポというわけではないと思いますが、ワタクシの勘に従い行ってみました。

新田神社

武蔵新田の駅から徒歩3分とあったのですが、
行けばわかるだろうと思ってあまり道を確かめておかなかったため、ちょいと迷ってしまいました。
ものすごい突風の中を歩いて歩いてたどり着いてみたら、
本当に商店街の中にあって地元の鎮守様という感じ。
暖かい雰囲気が心地よくて、近所にこういう場所があるのはいいなあとうらやましく思いました。

御神木

こちらの御神木は欅で樹齢700年。
江戸時代に雷が落ち、その後戦災で真っ二つになってしまったそうですが、
今でも春には芽吹いて緑の葉を茂らせるそうです。

御神木について

霊験に「若返り」があるところにどうしても目が行ってしまいますね。(笑
私も時間の許す限り御神木に寄りかかって「気」をいただいてきました。
そのどっしりとした大きさに、なんだか子どもに返る気がしました。
とても不思議……。

実はこちらの神社、なぜか恋愛運アップにもご利益があるという情報を事前にキャッチしておりました。
何しろLOVE神社という石碑まで立っているのですから、何かあるのでしょう。
でもなぜなのかわからず……。
行ってもわからず……。
帰ってきてから再度調べたら、どうも境内にハートマークがある模様。
そのせいなのか……? 
それで恋愛運にもご利益があると言われているのか?

最後にお守りをいただいてきました。
そのとき私、生まれて初めて、「ご加護がありますように」と言われました。
神社ではお守りは売買とは言わないですよね。
たいてい「〇〇円お納めください」→「ありがとうございました」の流れだと思うんですけど、
こちらの神社では「ご加護がありますように」!
うわー、なんだかめっちゃ感動してしまいました。
神社の雰囲気もとてもいいですし、また参拝に来よう。
今度は近くの史跡めぐりもしたいところです。
[ 2011/03/04 23:16 ] 史跡めぐり | TB(0) | CM(2)

ろくでなし啄木 

見たのが2週間くらい前になっちゃいましたけど、っていうかもう千秋楽も過ぎましたが、
「ろくでなし啄木」(三谷幸喜)を見てきました。
三谷さんの舞台は音二郎以来です。


天王洲銀河劇場

藤原竜也、中村勘太郎、吹石一恵、若手3人のみの舞台です。
「新選組!」のときもこの3人は一緒の場面が多かったけど、
こうして久しぶりに同じ場所に立って芝居をしているのを見ると、
7年前に戻るようでもあり、でも過ぎ去った7年間も確実にあって、非常に感慨深いものでした。

石川啄木といえば、写真に残る童顔と、
『たはむれに母を背負ひてそのあまり 軽きに泣きて三歩あゆまず』の歌から、
繊細で純朴で体が弱くって……というイメージしかありませんでした。
それが「イメージってアテにならないんだな……」っていう人物だったとは!
wikiを見ると、「遊興費で借金がかさみ、それが原因で貧しかった」と、
金田一京助の息子である金田一春彦が語っているとあります。
女遊びも派手だったようですが、あの童顔は母性本能をくすぐるのでしょうか。

舞台では、そんな啄木が友人のお金で浮気相手と旅行に出ます。
啄木は才能があるのに何もかもうまくいかずに悩んでいる。
浮気相手の女はそんな啄木を純粋に愛して支えたいと思っている。
友人は啄木の女をひそかに愛していながらも、2人を助けようと思っている。
そんな3人の旅行はどこかぎくしゃくしています。
結局啄木のわがままで女も友達も振り回され、最終的に全員が傷ついてしまうわけですが……。

この3人の俳優さんだとこういう関係になってしまうんだろうなあと思いました。
「組!」のときと同じですよね。
少々辛口になってしまって申し訳ないんですけど、
正直この作品は、石川啄木が主人公である必要性が全くなかった。
かえってそれに縛られてしまって、大きく展開できなかった気がします。
石川啄木をモデルにした架空の人物にしてしまえば、
もっと大胆に打って出られたのではないかと思うんですよ。
三谷さんは初日前にしきりと「エロスとサスペンス」って言っておられましたけど、
うーん、どっちも足りなかったなあ。
エロスったってまあ濡れ場はありましたけど、
「いやいや、高校生じゃないんだから!」って突っ込みたくなった。
前から感じてはいましたけど、三谷さんはやっぱりエロスは苦手なんだなと確信してしまいました。(苦笑

私は三谷さんの作品は好きです。
人物描写が素晴らしく、どの人物にも共感できてしまうリアルさが魅力だから。
その人物がまるで自分の知り合いのように感じられてしまう人物造形は、
そうそう他にできる人がいないと思っています。
それと最初に張った伏線を後半に回収しまくるのも爽快。
だからストーリーにはいつも別段期待してはいないのだけど、
今回は人物も深みに欠けた感があって惜しい。
自分はもっとドロドロしたものを見るつもりで行ったせいかもしれません。
いよいよ三谷さんも新しいジャンルにチャレンジか?と。
三谷さんならもっとと思ってしまうのは、観客のわがままなのでしょうけど。

今回は役者を楽しむ舞台だったかもしれないですね。
藤原くんは変わらぬ安定感で、でもこの人は真ん中しか似合わないなあと思い、
勘太郎くんは歌舞伎ならではの演じ分けも思い切りも見事で場をさらい、
ふっきー一恵ちゃんは初舞台とは思えない華で将来の舞台女優を感じさせ、
この3人のコンビネーションと舞台転換の妙が、話を引っ張っていったと思います。
10年くらいしたら、ぜひまたこの3人で濃~いお芝居をしてほしいな。

お花もいっぱい来てました。

お花……

[ 2011/03/03 00:21 ] 舞台 | TB(0) | CM(2)

遺恨あり~明治十三年最後の仇討 

久しぶりにネット開きました……。
いえ、あの例の件でどこかに監禁されていたわけではございません。
どーしても昨日までにやっつけなければならない仕事がありまして。
人としてどうなのか?という日々を過ごしておりました。

ようやく人間らしい一日に戻りまして、テレビ見ました。
いやもうものすごく録画がたまってるんですわ。(汗

遺恨あり ~明治十三年最後の仇討~

私がこの「臼井六郎事件」を初めて知ったのはずいぶん前、
敵討ちについて調べていて、何かの考証本の中で見つけたんだったと思います。
ドラマは吉村昭の小説を下敷きにしていました。
そう思うとなるほど、あの淡々とした雰囲気は吉村昭の作風を感じさせます。
そこがリアルで良かったかもしれません。
余計なものがない代わりに、視聴者に考えさせてくれる余地があった気がします。
江戸時代、武士というものが存在していたときは、「仇討ち」は武勇として称賛されました。
といってもむやみやたらに仇討ちできたわけではなく、いろいろとルールがありました。
仇討ちであっても殺人は殺人に変わりないという意識は当時からあったようです。
ではなぜ武士階級では仇討ちが半ば公認されていたのか。
手元の時代考証の本をひも解いてみますと、
「幕藩体制では他の領地への警察権はなく、幕府であっても介入できない」からではないかとあります。
理不尽な殺人を裁こうにも、犯人が他の藩へ逃げてしまっては手が出せません。
ゆえに仇討ちという形で処理することが許されるようになったと。
加えて、武士が武力を使う機会がなくなり、単なる「身分」になるにつれて、
「武士とはどうあるべきか」みたいなものが追及されていったように思います。
そういう中では「忠義」とか「正義」とかまたは「体面」といったものが大切になってくるわけで、
「仇討ち」はそれらを証明する行為でもあったのではないでしょうか。
臼井六郎の仇討ちは両親を惨殺され、
さらに理不尽な処分を受けたための復讐という意味もあるでしょうが、
私はそれだけではないと思いました。
むしろ幕藩体制や武士の血に刷り込まれた遺伝子みたいなものが大きく作用したと感じます。
だから仇討ち禁止令が出てもそんなのは関係ないし、
出獄してもさらに仇討ちを続けようとする。
臼井六郎には「仇は仇を生む」というようなことは理屈云々以前に、理解できないことのように思います。
時代は明治になって中央集権国家になります。
罪は公的機関が裁くようになるわけですから、当然仇討ちは禁止にしなければなりません。
武士の存在もなくなるわけですから、人を殺せばすべて殺人になるのも道理。

前の体制では仇討ちという形で裁くことのできた人間を、
新しい体制になったことで裁く方法がない。


これほど苦しく難しい状況はありません。
出獄した臼井六郎が二人目の下手人を討ちに行ったとき、相手は自殺していました。
何という天の配剤!
臼井六郎は第二の殺人を犯さずに済みました。
あのときの彼の涙には、どれほどたくさんの感情が混ざっていたことでしょう。

携帯のアンケートで、「人間の闇をうまく演じられそうな若手は?」というのがあって、
1位に藤原竜也くんが入っていました。(まだ投票受付中)
今回の作品はそれをうなずかせるものでした。
彼は普通の役よりどこか振り切れた役のほうが似合うなあと思います。
臼井六郎という人の背景を考えたいと思うほどに見せてくれたと思います。
あと、山岡鉄舟に白戸家のお父さん北大路欣也さんというのが自分的にはツボでした!

良い作品だったと思います。
[ 2011/03/02 01:29 ] ドラマ/時代劇 | TB(0) | CM(4)