Step by Step

いろいろなことを、気の向くままに。   
PROFILE
Author:カタリーナ
【ごあいさつ】
ご覧頂きありがとうございます。
超雑多なブログですが、
お付き合いのほど、
どうぞ宜しくお願いします。
コメント、TBも大歓迎です。
但し、記事と関連性のないものは、
ご遠慮くださいね。
予告なく削除させて頂きますので、
ご了承ください。
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
レビューINDEX
RECENT TRACKBACK
BLOG LIST
メールはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
カゲカツィストの会
己鏡のびびんばさん作成

カゲカツィストの会ロゴ
上杉景勝公をリスペクトする会

当ブログバナー
カゲカツィスト会員NO.3記念
TOTAL
Now On Line

年末のご挨拶 

2007年もあと少しで終わろうとしています。
今年1年、当ブログをご訪問くださった皆さま、ありがとうございました。
好きなことを好きなだけ綴っているような駄文につきあい、
コメントやトラックバックを下さった皆さま、本当にありがとうございました。

来る年が、皆さまにとって最良の1年となりますように。
私自身も、新しい発見、新しい縁を楽しみにしています。

2008年も、よろしくご贔屓のほど、お願い申し上げます。
[ 2007/12/31 12:25 ] 日常 | TB(0) | CM(6)

武士の一分 

武士の一分
武士の一分
(2007/06/01)
木村拓哉、檀れい 他


公開当初から何かと話題だった「武士の一分」。
大掃除も終わったので、本日テレビにて鑑賞しました。

原作は藤沢周平の「隠し剣秋風抄」の中の「盲目剣谺返し」。
私、藤沢周平の作品には、いつも音もなく霧のように降る、小糠(こぬか)雨を感じます。
外に細い雨が降ると、部屋の中では逆に静寂を感じますよね。
そしてちょっとした物音にも敏感になります。
喜びでも、憎しみでも、悲しみでも、愛しさでも、
人の心情の移ろいが、ぎゅっと凝縮されて描かれていき、心にひたひたと染み込んでくる。
そんなところに、雨に囲まれた静寂に似たものを、感じているからかもしれません。

物語はまさに藤沢ワールドなのですが、脚本ゆえか、早々に展開が読めてしまいます。
それでも決して飽きさせなかったのは、やはり藤沢周平だからなのか、
あるいは木村拓哉ほか、キャストの好演ゆえなのか……。
木村拓哉さんという人は、何をやっても木村拓哉に見えてしまうという、
本当に惜しいスターだと思っているのですが、
今作でも、やはりその思いは完璧には払拭できませんでした。
訛り、そして時代劇の所作のおかげで、普段のキムタク色はいくぶん減っていましたが、
それでも特に前半、どうしても気になってしまう表情、しぐさがあり、
何となく現代に引き戻されてしまったのは残念です。
でも盲目となってからはスター性を捨てたのか、なかなかの好演。
妻との微妙な距離感に切なくなりました。
現代といえば、桃井かおりさんもどこかSK-Ⅱっぽかったなあ。(苦笑
妻役の檀れいさんは前に出すぎず、でも彼女が出てくると画面がぱっと明るくなって、
また笹野高史さんが、若夫婦を心配する中間を暖かく演じていて、
この2人によって、キムタクが下級武士になりえていたというのもあるかもしれません。

クライマックスの決闘シーンがあっさりしすぎな感じも受けましたが、
テーマは「武士の一分」、つまり武士が命をかけて守らねばならない誇りや名誉。
ここでは、「武士の一分」と言って、妻の名誉を守るために戦うのです。
己の誇りや矜持のためだけでなく、家族を守ることもまた、
武士の生きるべき道であったのかもしれません。
いずれ小説で、作品を体験し直したいと思いました。
[ 2007/12/30 23:33 ] 映画 | TB(0) | CM(2)

音訓引き古文書字典 

この年の瀬の物要りなときに、衝動買いをしてしまいました……!!!
友人との待ち合わせ時間まで小1時間ほどあったので、大型書店に入ったのが運のつき。
最近上杉関係の小説で飽き足らなくなって、ついに史料に手を出してしまったのですが、
これが幸い活字になっているとはいえ、変体仮名が読めねえ。(苦
ついでに漢文の読み方もおぼろげにしか覚えてなくて、意味不明なところがいっぱい。(涙
読解が遅々として進まずにいた中で、ふと見つけてしまったこの字典。

音訓引き古文書字典  『音訓引き古文書字典』
  林英夫監修 (柏書房)
  
  くずし字と意味が同時に引けるなんて、なんて画期的……!
  これまでにもいくつか字典は見てたんですが、
  書体の字例は多くても意味が載ってないのは不便だし、
  とりあえずくずし字を判読する必要のない私の場合、
  熟語にもなっていて意味も載っていて、ついでに、
  くずし字も調べられるとあっては、買わずにいられません!
  これでもう、誰かに頻繁に質問しなくてすむーーー!

活字化されていない古文書そのものを一から判読しなきゃいけないときには、
おそらく別な字典のほうがいいんだろうなとは思いますが、
とりあえず今の私には、これがあるだけで充分すぎるくらいありがたいです。
ああ、これでもう、「然者」を「しかるもの」なんてバカな読み方したりしないわっ!
今まで、うねうねした記号(=変体仮名)ばっかりで、
一行ごとにため息ついていた「景勝一代略記」も読めるんだわーーーっ。
うおー、感涙じゃ。

先週末、図書館からコピーしてきた史料を睨み続ける私に、
「あなた、そんなのが面白いなんて、職業選び間違えたんじゃないの?」
と、声をかけてきた母。
自分でもちょこっと「そうかもしれない……」と思いました。(苦笑
というか、のめりこむとあっという間に没頭しちゃうんです。
(それで冷めやすいところが玉にキズ?)
そんなわけで未だ中途半端にしか掃除が進んでません。
今から続きやります……。あ、その前に晩ご飯作らなきゃー。  
[ 2007/12/29 19:47 ] 古文書 | TB(0) | CM(2)

「ネロ」と「滅びの美学」 

日本人で、「フランダースの犬」を知らない人はいないと思います。
ウィーダの童話を読んだことはなくても、
「アニメ特番」の「感動と涙の最終回!!!」というようなコーナーで、
少なくともラストシーンは見たことがあるはず。
何でかわからないけど、何回見てもウルウルしちゃうんですよね、このラストは。
ところがご当地ベルギーでは、ほとんど知られていないのが現実。
つい数年前に、アントワープのノートルダム大聖堂前の広場に、記念碑が建てられたのも、
日本人観光客からの問い合わせがあまりに多いからで、
その問い合わせで初めて「フランダースの犬」という作品を知ったアントワープ市民も、
かなり多いと聞いてます。

そんな作品を検証するドキュメンタリー映画が、DVDとなって発売されたとか。

ベルギー北部フランドル(英名フランダース)地方在住のベルギー人映画監督が、
クリスマスにちなんだ悲運の物語として日本で知られる「フランダースの犬」を、
“検証”するドキュメンタリー映画を作成した。  (読売新聞より)


記事によると、作品監督のディディエ・ボルカールトさん(36)は、
欧州では「負け犬の死」(監督談)として評価されることのなかった作品が、
なぜ日本ではこれほどの共感を得るのか、その謎を解くために、
資料発掘に加え、世界6か国での100人以上に及ぶインタビューを行い、
その謎の答えは【日本人の心に潜む「滅びの美学」だった】とし、
またプロデューサーのアン・バンディーンデレンさん(36)は、
日本人は、信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、
ある種の崇高さを見いだす。

ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの」と結論づけている、としています。

滅びの美学ですか。
うーん、DVDを見ていないのではっきり言うことはできませんけれども、
ちょっと違うんじゃないかなあと思うんですが、どうでしょうね。
「滅びの美学」というのはどのような定義に基づいているのか定かじゃありませんが、
私の個人的イメージからいくと、「滅ぶとわかっていて、それを受け入れる潔さ」だとか、
「平家物語」の「諸行無常、盛者必衰」とかなんですよね。
そこにあるのは日本人独特の「義」だったり「諦観」だったりするんだと思いますが、
それとネロの死は結びつかないような気がするんですよ。
「滅ぶことを受け入れる」といっても、そこへ行き着くまで何もしないわけではなく、
戦って戦って、流れを止められないとわかったときにそれを認め、自ら滅びることを選び取る。
それが「滅びの美学」じゃないかなーと思うんですよ。
どこか、「生きるために死ぬ」みたいなところがありますしね。
でもネロは力尽きてしまっただけで、決して自ら「死」に向かったわけではありません。
日本人が「滅びの美学」に憧れるとしたら、それはそこに切なさを感じるからですよね。
「フランダースの犬」に涙するのも、そこに報われない切なさを感じるからで、
その点共通するものがないわけではないです。
(パトラッシュが後を追うってところにまた涙するわけですが、そこは置いといて)
ただ、この「切なさ」は志半ばで斃れるということに対してであって、
いわゆる「滅びの美学」というのとは、根本的なところが違う気がします。
そういうわけで、この記事を読んでちょっと違和感持ったんですけれど、
外国人が結論づける「滅びの美学」というものには非常に興味があるので、
ちょっとDVDを見てみたいなあと思いました。
[ 2007/12/27 01:41 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

「天地人」 火坂雅志 著 

読み終わりました。
2009年NHK大河ドラマ原作本。

上巻の腰巻に、

上杉謙信、直江兼続、真田幸村、
義をつらぬいた男たちの美しき生き様


とあるんですが、「なぜ景勝さまはスルーなのですか!?」
という疑問をしょっぱなから抱きつつ、読み進めたのですが。
私、歴史小説の在り方がわかんなくなってしまいました……。(苦
以下、辛口にならざるを得ないのと、ちょっとネタバレもあるので、
読んでもいいよという方のみ、ずいずいっと下のほうへお進みください。

天地人〈上〉
天地人〈上〉

(2006/09)
火坂 雅志
天地人〈下〉
天地人〈下〉
(2006/09)
火坂 雅志















[ 2007/12/25 23:53 ] 上杉氏(小説) | TB(0) | CM(2)

旧暦カレンダー 

今日は12月23日。旧暦にすると11月14日だそうです。
因みに過去の12月23日に何があったかというと。

今から74年前、1933年(昭和8年)の、現在の天皇(当時の皇太子)が誕生。
それから25年後の1958年(昭和33年)に、東京・芝公園に東京タワーが完成。
さらに24年後、1982年(昭和57年)に、東京・数寄屋橋公園に、
カード式の公衆電話の第1号設置。                   (こよみのページより)


ということで、天皇記念日東京タワー完成の日テレホンカードの日と、
3つの記念日になっています

新暦・旧暦・カレンダー 
 私が暦関係でいつもお世話になっているのが、
 上記の【こよみのページ】です。
 主に旧暦→新暦変換に利用させていただいてますが、
 最近はすでにカレンダーに盛り込まれてるんですねー。
 月の満ち欠けに新暦旧暦併記、ついでにコラムつき。
 シンプルで可愛いカレンダーです。

昨夜お江戸関係で知り合った方々と寄合(笑)を持ちまして、
そこでクリスマスプレゼントにいただきました!
江戸なのにクリスマスだよ。(苦笑
これを手元に置いておけば、何かを読んでいる最中にいちいちネットを開かなくても、
多少のずれはあるとはいえ、おおよその暦は把握できるようになりますね。
これは時代・歴史小説を読むにも、史料を読むにも便利~。

このところ、行く先々で越乃景虎ばっかり飲んでる自分ですが(梅酒もあるよ)、
謙信公が御酒を聞こし召されすぎて脳卒中になられたのを教訓に(苦笑)、
この宴会多き時期、暴飲には気をつけなくてはならないなあと秘かに思っております。
[ 2007/12/23 11:58 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

直江兼続に妻夫木聡 

2009年NHK大河ドラマ「天地人」の主役に、なんと妻夫木くんが。
もちろん噂の中に名前はあったけれど、あんまり気にしていなかった私としては、
意外なような無難なような。
他にも美味しそうな名前はいろいろあったのに……。
ニュースを知った早朝から、テンション微妙です。(苦笑
考えたら、妻夫木くんの出演している作品て、かつて藤原竜也くんと共演した、
山本周五郎原作の「さぶ」しか見たことがない。
しかもそのときの妻夫木くんの記憶がない。(苦笑
よって、兼続にといわれても、全くイメージ湧かないんだな。
とりあえず、 「愛」の兜をかぶっても恥ずかしくはなさそうだけど。(そこかい
主役が決まった今一番気になるのは、もちろん景勝さまを誰がやるかなんですが、
原作読む限り、景勝さま、結構影薄いんだよ!
いや……ぶっちゃけ兼続以外の人間が薄いんだよ、原作!!! ムキャーッ。
ま、原作に吼えるのは後日ということにして、気になるのが兜の前立ての扱いですよ。
奇抜な「愛」の前立てゆえに、すっかり「愛=LOVE」の人と思われてるし、
『大河に妻夫木、愛を貫く主役』こういうニュースの見出しも、どうにかしてください!

LOVEじゃないから!!! 貫くとしたら義だから!!!

「愛」の前立てって、本当に厄介。
「愛」という言葉の捉え方が、今と戦国では違うんですから。
愛民の「愛」(原作もこの説)だとか、「愛染明王」の「愛」、「愛宕権現」の愛だとか、
直江兼続の兜の前立てに込められた意味には諸説あるけれども、
LOVEではないってことだけ、今日のところは強調しときます。
[ 2007/12/20 22:11 ] 天地人 | TB(1) | CM(4)

もし貴方が地球最後の人間になったら? 

Yahoo!知恵袋を見ていたら、こんな質問が。

もし貴方が地球最後の人間になったら?

ウィル・スミスが地上にたった一人の「最後の男」を演じる、
ワーナー・ブラサース映画配給『アイ・アム・レジェンド』からの質問です。

全人口66億人が絶滅し、そして地球上たった1人になってしまったら?――。

もし貴方が地球最後の人間になったとしたら、どのような行動をとりますか?
この絶望的な状況で、希望を持つことはできますか?

主人公ロバート・ネビルと同じ立場になった場合の貴方の行動を教えてください。

                                          Yahoo!知恵袋から引用



回答から数点、「アイ・アム・レジェンド」の公式サイトに掲載されるようです。

ってことで、私はこっちで秘かにチャレンジ。
映画を観ていないので、単純に自分が地球上最後の人間となったということで考えますが、
やっぱりまずは、他に誰か残っていないか探すでしょうね。
周りに誰もいなかったとしても、本当にどこまでいっても自分1人きりなのか、
もしかしたらまだ他に誰か、自分と同じように彷徨っている人がいるんじゃないかと、
まずはその誰かを探さずにはいられないと思います。
この世に自分1人という恐怖には、耐えられないはずだからです。

そのためには、まず自分の生活スタイルを確保しなければなりません。
しかしこの状態で、ガス、水道、電気といった他人を必要とするライフラインは使えない。
当然、現代のテクノロジーはほとんどが使用不可でしょう。
何の知識も技術もない私には、科学的に何かをするってこともできません。
そんな中で、使える器具は使ったとしても、ほとんど原始的な生活にならざるを得ません
移動手段に使えそうなのは車、自転車、船あたりでしょうか。
鍵があれば、オイルの残された車を次々に乗り継いでいくことはできそうですし、
自転車は確実に使うことができますね。
うまくいけば、船で何とか大陸に渡ることもできるかもしれません。
地球が荒野と化していなければ、残された物品で暮らしていくこともできそうです。
しかし、動物が残っていた場合、その生活はサバイバルに等しくなります。
動物園の猛獣が檻を破り、ペットとして飼われていた犬も猫も野生化し、
その中で人間1人が生き残る可能性はどれくらいあるでしょうか?
衛生状態も悪化する一方ですし、医者もいませんから病に倒れればおしまいです。
加えて恐ろしいほどの静寂と、時間が経てば経つほど膨れ上がる恐怖、孤独、不安。
おそらくそこで、多くの場合は気がおかしくなるでしょうね。最終的な自己防衛です。
でもそうやって生き続けることに……何の意味があるのか?
己も野生化してまで、生きることに希望はあるのか?
私の答えはNOです。
これは、この世に自分1人という仮定なのです。
どこまで行っても、自分1人しかいない。
自分が生き続けることで、何かが変わるわけじゃないんです。

じゃあ、どうするか。
命尽きるまで、戦っても生き続けるか、あるいは自ら命を絶つか。
そうだな、私なら、おかしくなってしまう前に絶食して死ぬのを待つでしょうね。
優しかった人たちの顔を思い出しながら、暖かい記憶の中に意識が溶けていく……。

みなさんはどうしますか? 希望を持ち続けますか?
[ 2007/12/19 22:10 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

敵は本能寺にあり 

「華奢で可愛くって幼い信長ね~ (byママン)
ドラマには無関心な母が、玉木宏演ずる信長に珍しく反応を示しました!

昨夜は、NHK大河「風林火山」に引き続き、テレ朝「敵は本能寺にあり」も視聴。
時代も同じ、戦国三昧な一夜でした。
本作は本能寺の変を信長側から描いた「信長の棺」と繋がっていて、
同じ事件を明智側から描いたものとなっています。
本能寺の変で信長の遺体はどこへ消えたのか、そして事件の真の黒幕は誰だったのか、
そこがポイントではあるのだけれど、本作だけでは説明不足の感が否めませんでした。
「信長の棺」を途中で脱落したゆえか、私には結局謎は謎のまま……みたいな。
本能寺の変の原因には諸説あって、光秀自身の怨恨、野望説のほかに、
昔から根強く流れる「朝廷陰謀説」、また「秀吉黒幕説」「家康黒幕説」もあります。
本作の原作は加藤廣さんという方が書いていらっしゃいますが、このドラマを見る限り、
そのすべてが重なったという捉え方でいいのかな?
最後に明かされる安土城天守閣の謎も、
前関白・近衛前久があれほど恐れる理由がいまひとつ伝わらず、
これはいつか原作を読まなきゃいかんな……と思った次第。

さてキャスティング。
前述の通り、信長には玉木宏
本能寺の変のときの信長が数えで49歳なわけだから、27歳の玉木くんはあまりに若い。
そういう若いキャスティングでいくというのならそれはそれでいいんですが、
信長に対して6つ年上の明智光秀が中村梅雀、3つ年下の秀吉が竹中直人
同じく3つ年下の近衛前久が柄本明、9歳下の家康に椎名桔平というのは……。

この年齢関係を完全に無視したキャスティングはあまりにひどくないですか。

おかげでいくら信長の非情さや野心を表に出しても、
老獪なおじさんたちに若者が潰されたようにしか見えません。(苦笑
バランスが悪すぎます。
母が「華奢で可愛くって幼い信長ね~」と言ってしまうのも仕方ない。
でも秘かに気に入った様子なんだな。(笑
そういう私も、玉木・信長はなかなか素敵だと思いましたよ!
白い肌と、あの丸みを帯びたツルンとしたおでこに、きりきりと結い上げた殿の髷。
髭もいい感じで、私の信長像にはドンピシャ!
明智勢に追いつめられ、奥の部屋へ引っ込むときに見せた玉木・信長の不敵な笑みに、
ワタクシ瞬殺されてました…………。(撃沈
玉木くんの片頬笑いは千秋さま(@のだめ)でも見れるけど、
信長のそれにはもっと凄みがあった。
玉木くんの実年齢からいくと、ちょうど信長が桶狭間で今川義元を破ったあたりですね。
その辺のドラマだったらもっとハマってただろうなあ。吉法師時代も似合いそうだもの。
もう5~6年したら、鮮烈な信長を見せてくれそうな気がします。個人的にかなり楽しみ。
あ、それまでに体鍛えて殺陣はもうちょっと上手くなっててください。(笑
その頃、秀吉や家康は誰が演じるようになってるんだろう。

とりあえず、近いうちに原作本、借りてこようかと思います。
[ 2007/12/17 22:17 ] 時代劇 | TB(0) | CM(0)

「風林火山」 #49&50 死闘/決戦川中島 

うーのーまーつーーーー!

最終回でまた卯松(のちの景勝)くんを拝見できるとは思いませんでしたよ。
卯松くんこのとき5歳。叔父さん(政虎)のために戦勝祈願です。
春日山城で手習いを見てもらっていたとき(第47回)は、
叔父さんのあまりの宇宙人ぶりに怯えてオドオドしてましたが、
今回は神妙な顔つきで毘沙門天を拝んでました。
最終回のマイ・ベストショットはここ。(苦笑

さて、いい画が撮れたのでと1話延長になった「川中島」ですが。
やっぱり49話でまとめといた方が、勢いがあったんじゃないかなーと思ったクチです。
確かに陣形がよく見えて、ロケならではの壮観な映像はありましたが、
合戦シーンを見せるための時間稼ぎとも思われる挿入シーンが私には邪魔で、
死闘・決戦という迫力、壮絶さというのはさほど感じられませんでした。
武将ばっかりでやたら兵士が少ないというのにも違和感あったし。
特に、勘助の遺体を見に、武将たちがわらわらと走っていくシーンには、
さすがに「ぽかーん」としてしまいました。
あれはありえんだろうと思うのですが、いかがでしょう?
白馬にまたがった政虎は単騎であちこち駆け抜けてますが、
敵も全然襲わないし、味方も誰も追っていかない。いいのか、あれを野放しで。(苦笑
そうそう、村上義清の再登場は嬉しかったのですが、真田さまとの戦いはいかに?
真田さまの部隊が最初に八幡原に来たということは、斃したのかしら?
史実では、村上義清はその後上杉家の家臣になって病死だったと思います。
息子は上杉一門の山浦家を継ぐことになるんですけどね。
ドラマ的には村上・真田の因縁の対決だったんだろうけど、結末はないのかよー。
で。平蔵は結局なんだったんだろう。
最期の最期に自分にふさわしい場所を見つけたのかもしれないけど、
死んでしまっては元も子もない。
ここはおふく婆さんに助けてもらって、ヒサのもとへ帰ったとしておきたいです。
因みに勘助が矢でも太刀でも鉄砲でもなかなか死なないというのは、想定内でした。
思った以上にしつこかったけど、主役だから仕方ないです。(苦笑
結局、こういう物語以外のいらないツッコミを入れたくなるというのは、
ドラマとして見るべきところを失ってしまったからなんでしょうね。
それは、自分の気持ちが冷めてしまったから……だけなのかな。
とはいえ、1年間戦国の世を楽しく見せてもらいました。

さて、私の気持ちはすでに再来年の「天地人」に向かっています。
信玄の弟信繁さまや、嫡男義信が生きていたら、
謙信亡き後の上杉家は消滅していたかもしれないな……などと思いながら、
最後の「風林火山紀行」を見ていました。
[ 2007/12/16 23:45 ] 風林火山 | TB(2) | CM(4)

KOKIAの「私にできること」 

今年7月の柏崎の地震から5か月が経ちました。
日々様々な事件が起きる中、それは遠い過去の出来事のようですが、
仮設住宅で雨露をしのいでいる方が随分いらっしゃいます。
地震から半月くらい経ったころでしょうか。
私の大好きなKOKIAが、柏崎のために歌を書き、
それを歌いに柏崎に来る!と知りました。
ファンからもらった1通のメールがきっかけだったそうですが、
心のビタミンとして日頃歌を歌っているKOKIAにとっては、
何よりも歌を贈ることが最大の応援だったんだと思います。
そうして出来上がったのが「私にできること」という歌。

KOKIA{私にできること」 


頑張っている人にとって「頑張って」という言葉は苦痛でしかないといいますが、
KOKIAは歌の中であえて「がんばってほしい」と語りかけています。
でも決して無責任に言ってるんじゃない。
人は独りで生きてゆくことはできないし、だからこそ支えあっていかなくちゃいけない。
そしてその誰かとは、辛いときも心からの「頑張って」を送ってあげられる間柄でありたい。
KOKIAはこれまで一貫して「共に生きる」ということを歌っているように思いますが、
この歌の中では、それがより強調されているような気がします。
KOKIAが地震に際して歌を贈ったことに関して、「売名行為だ」という批判を目にしたとき、
私は一ファンとしてとても悲しかった。
人それぞれに「私にできること」があって、KOKIAにとってできることが歌を書くことだった。
それは本当に純粋な気持ちから生まれたものだったのに、
そんな風に受け取る人もいるということが、ありうるとは分かっていても悲しかった。

カップリングはLacrima。
柏崎を訪問した夜に書いた曲だそうです。私はこっちの方が好きかな。
KOKIAにはいつまでもあったかい思いやりの気持ちを忘れずに、
それを歌いつないでいって欲しいなと思います。
外は雨。KOKIAの澄んだ声を聴きながら、静かな夜を過ごしています。
[ 2007/12/15 23:33 ] ポップス | TB(0) | CM(0)

「待たせたな!」再び。 

「新選組!! 土方歳三 最期の一日」の思いがけない再放送。
本日の前編、久しぶりに正座で鑑賞いたしました。
約2年前に見たときは、本編から1年しかたっていなくてまだ興奮冷めやらずだったせいか、
逆に入り込めないというか、離れたところから見てる感じだったんですよね。
それはドラマとしてどうというのではなく、多分、土方歳三を拒否した時代を、
私も「見たくない」と、心のどこかで感じていたからのような気がします。

そして今日、2006年の放送後全く見返していなかったので、
割と真っ白な状態で再放送に臨んだわけですけれど、
男たちのぶつかり合う感情に、心を揺さぶられ続けました。
島田ってこんなに暑苦しかったっけ……尾関ってこんなに頼りになったっけ……。
そして何より、独り戦う土方さんが眉間によせる苦悩のしわが痛々しい。

「おれが何のために今日まで生き続けてきたと思うんですか。
すべては近藤さんの無念を晴らすため。
あの人が死んだときおれの人生も終わった。
それでもおれが死ななかったのは、
近藤勇を罪人のままにしておくわけにはいかなかったからです。
今薩長に白旗を揚げたら、おれはあの人に何と言って詫びたらいいんですか!」


すべての思いはここに帰結します。そしてすべての出発点でもあります。
土方さんが必死になればなるほど、その奥に孤独と脆さが見えてくる。
「新選組」のすべてを背負い、近藤さんの死を背負って独り立つ苦を抱えつつも、
でも実はそれがあるからこそ、土方さんは立っていることができたようにも思います。
土方あっての近藤勇ではなく、近藤勇あっての土方歳三だったのではないかな、と。
近藤勇がまったく登場しないのに、ここでの近藤さんの存在はとてつもなく大きい。
そんな近藤勇の無念を晴らすために前に進み続ける土方さんにとって、
新政府軍に対する「降伏」という選択肢はありません。
無念を晴らすか己の命が尽きるまで戦うか、どちらかしかありえない中で、
総裁・榎本武揚は「降伏」することを告げます……。

若干セリフのカットがありましたが、
「組!」を見ていた人向けと思われる部分が削られていたので、
「単発ドラマ」として見る分にはうまく処理されてましたね。
いいところで終わってしまったので、来週を待てずにDVDを見てしまいそうです。
何なんだろう、この心の昂ぶりは。
[ 2007/12/13 23:54 ] 新選組! | TB(0) | CM(2)

赤毛の司祭 

RED PRIEST
赤毛の司祭。バロックの巨匠、アントニオ・ヴィヴァルディのあだ名です。
今夜、この名を持つイギリスの古楽アンサンブルの演奏会に行ってきました。
アンサンブルは、リコーダー、ヴァイオリン、チェロ、チェンバロの4人。

楽しかった~!!!

猛烈な勢いで迫ってくる音の嵐と、メンバーの素晴らしいエンターテナーぶりに、
すっかり引き込まれてしまいました。
クラシックの演奏会に行くと、どうしても頭で勉強してしまいます。
これは職業病と諦めていますが、純粋に音楽を楽しめないというのはちょっと辛い。
そんな私も、今夜は理屈抜きに愉しみましたよ!

ヴィヴァルディやバッハに代表されるバロック音楽は、聴いていてとても心落ち着きます。
しかし裏を返せば、それは眠くなることもある…ということ。
当時のこういった音楽は貴族たちのもので、お行儀よく聴くものだったわけですが、
レッド・プリーストの演奏する音楽は、「どうしちゃったの!?」というくらいぶっ飛んでます。
演奏を聴く前は、バロック音楽を現代風に、
例えばポップスやロックな感じにアレンジしているのかと思いましたが、
そういうのと全然違う。
こういう表現が的を射ているかどうか定かではないけれど、
貴族のための演奏会で奏された音楽を盗み聞きした辻音楽師たちが、
自分たちも庶民も楽しめるようにアレンジしちゃった
という感じ。
例えばレッド・プリーストの十八番であるヴィヴァルディの「四季」には、
もともと鳥やら犬やら酔っ払いやら嵐やら、いろんなものが登場するのだけれど、
普通の演奏だとライナーノーツなんかを読んで「なるほどなあ」と思う場合が多いんですね。
そこを彼らは<それ>とわかるように小芝居も混ぜてやってくれるので、
聴いて、見て、どんどん楽しくなる。
すべての描写がディフォルメされて演奏されるので、非常に分かりやすいんです。
合奏曲をたった4人でやっているのに、そうとは思えないほどのボリュームとエネルギー。
超絶的なテクニックとコミカルなパフォーマンス。
もちろんそれだけでなく、そこにはきちんと楽譜を読み込んだアレンジと、
綿密に練り上げられた演奏があります。
つまり、これだけある意味外した演奏ができるというのは、実力があるからなんですよね。
外してるけどヘンではない。むしろ納得感さえある。
もちろん、こんなの認めないっていう向きもあるでしょうが、
世界に数多あるクラシック演奏会の中には、
こんなのが1つくらいあった方が面白いんじゃないかと、私は思います。
ただし、彼らの演奏は生で聴くべきであって、CDはあまりお勧めしません。
この演奏に慣れてしまうと、フツーの演奏が聴けなくなる気がします。(苦笑
あくまでノーマルな演奏を知った上で彼らの演奏に触れる。
これがベストだと思われます。その方が面白いと思うしね。
久しぶりに、心置きなく音の世界に浸ることができました!
[ 2007/12/12 23:32 ] クラシック | TB(1) | CM(2)

絆。 

TBSで放送されている「夢の扉~NEXT DOOR~」。
結構好きで、タイミングが合えば必ず見ています。
昨日取り上げられていたのは、「わらじ医者」の異名を持つ早川一光先生
82歳というお年でありながら、自らの足で歩いて患者を診て回る「訪問医療」を実践され、
多くの高齢者の支えになっておられます。
年を重ねるごとに心配になるのが病やぼけであるのは当然としても、
実は一番不安なのは「独りぼっちになること」なのではないかなあと最近思います。
2月に亡くなった祖母は長生きをした方なので、晩年次々に友を失い、
とても寂しい思いをしていたことを知っています。
子供や孫、曾孫たちが訪ねるにしてもしょっちゅうとはいかず、
普段は面白くもないテレビを1日中眺めて暮らしておりました。
いつもみんなが遊びに来てくれるのを心待ちにして、来れば帰るのを嫌がったものです。
独りになる恐ろしさの中で、「気にかけてくれている人がいる」ということは、
どんなに心強いことであるか、想像に難くありません。
早川先生の介護する人も、介護される人も同じ様に気遣う診療姿勢は、
思いやりや優しさを越えた、かけがえのないものであると感じます。

そんな先生の言葉に、私は昨日意識改革をしました。
「人との絆が切れたら結ぶ、切れたら結ぶ……」
人が生きていく限り、他人との関わりを捨てることはできません。
そこに結ばれた絆によって、人生が成り立ってゆきます。
でも時と状況によって、その絆が切れたり、切られたりしてしまう。
もちろん絆が切れないように努力することが大切ですが、
それでも切らざるをえないときというのは必ずあります。
昔はそれがとても辛かったんです。「どうして切れちゃうんだろう」って。
今は切れるのは仕方ないとわかっていますが、せっかく結んだ絆が切れてしまうのは、
どうにも残念でならない気持ちに変わりはありません。
でもね、「切れたら結ぶ」という言葉で目が覚めたんですよ。
そっか、切れたらそこにまた新しい絆を結べばいいんだって。
切れた絆を悔やむより、新しい絆を結び続けていくことで、
人生豊かになるんだろうなと思ったんです。
なんか……今さら青いな。(苦笑

私と縁あって親しくさせていただいてる皆様。
ブログを縁につながりを持たせていただいている皆様。
「ありがとう」と「これからも宜しく」を伝えます。
[ 2007/12/10 19:47 ] 日常 | TB(0) | CM(2)

戦国繚乱 高橋直樹 著 

秀吉の九州征伐の前に、黒田如水の姦計にはまって滅んだ、
豊前・城井一族の最期を描いた「城井一族の殉節」
後のキリシタン大名・大友宗麟が、いかにして家督を継いだかを綴る「大友二階崩れ」
上杉謙信の後継を巡って養子二人が争った御館の乱を描く「不識庵謙信の影」
以上3本の中編が入っているのが高橋直樹氏の「戦国繚乱」です。

もちろん「不識庵謙信の影」が読みたくて購入したのだけれど、
「城井一族の殉節」のほうにものすごい感動をしてしまった私。
新幹線の中で読んでいたにもかかわらず、涙がこぼれてしまいました……。
豊前の城井谷に城を構える名門・城井一族は、
秀吉の九州征伐(=島津征伐)の際、家を守るために渋々それに従います。
領地を安堵してもらうため、先鋒をかって出てまで奮闘するものの、
加増という名目で伊予国は今治へ国替えを命令されてしまいます。
これを不服とした一族は、400年の長きに渡って住み続けてきた土地を守るため、
様々に手を打つものの、黒田如水の知恵の前には到底敵わず、
仕掛けられた陰謀と壮絶な戦いの末、一族は討たれてしまいます。
一族の死は理不尽で悲劇的であるけれども、その瞬間に見せる人間の底力、
死に際して、逆に、「これが生きることだ」と感じさせる最期に、心が揺さぶられました。

「大友二階崩れ」では、戦国の世にあって何を信じるかが描かれています。
後の大友宗麟は、大友家の跡継ぎと定められていたにもかかわらず、
異母弟が生まれたことにより、父によって廃嫡されそうになります。
家臣たちもそれぞれに駆け引きを始め、家中は俄かに騒然となっていきます。
誰が味方で誰が敵なのか。何を信じればいいのか。
家族ゆえの非情さが胸に迫ります。
苦悩の中にあって己を失わず、尚且つ家族を信じようとする宗麟の姿に、
強靭な精神力と心の底に漂う情を感じ、それが重く心に響きました。

生涯不犯を誓い、実子のなかった上杉謙信。
その謙信が後継者を定めることなく急死してしまったため、
上杉家中は2人の養子を後継者に奉じて二派に分裂します。
その御館の乱を取り上げたのが「不識庵謙信の影」
謙信の跡目を継ぐ可能性を持ちつつも、いまひとつ覚悟の足りない喜平次こと景勝は、
同じ養子でありながら他家を継いだ上条弥五郎、さらに直接の対抗馬である三郎景虎、
腹心の樋口兼続、おまけに上杉家臣団からも見下されています。
兼続など、景勝の家臣でありながら、その口の利きようは非常に威圧的。
どっちが主人なんだか。(苦笑
年上の景勝の方が、まるで子供のようなのがちょっとばかり気になります。
しかし、そのなめられきっていた景勝が、1年に及ぶ争乱を通して、
上杉の主たるべく大きく変わっていきます。
不器用で謙信とうまく情を交わせず、どこかで実父の面影を追っていた景勝が、
そうした己の弱さを乗り越えて戦国武将になっていくさまが印象的でした。
ただ、御館の乱は連日戦続きで、しかも1年もかかった争い。
それをなぞってしまったために、史実を並べることに大半が費やされてしまい、
景勝自身はもちろん、兼続や家臣団との関係、景虎や、景虎に嫁いだ妹とのことなど、
人の心の動きがやや希薄になってしまったのが残念な作品です。

この3編からは共通したものが浮かび上がってきます。
危機に陥ったからこそ発揮される人の強さ。
権力や自我、欲の裏に隠された人間の恐ろしさ。
どちらも人間の持つ力強さであろうと思います。
高橋直樹氏の作品は初めて読みましたが、人間の持つ善と悪の対比が素晴らしいです。
単なる善人、悪人というのではなく、どちらも併せ持って1つの人間になっている。
ぜひ他の作品も読みたいと思わせる作家でした。

戦国繚乱 (文春文庫)戦国繚乱 (文春文庫)
(2004/12)
高橋 直樹

商品詳細を見る
[ 2007/12/07 00:51 ] 上杉氏(小説) | TB(0) | CM(2)

風林火山 #48 いざ川中島 

予想通り、Gacktの紅白出場が決まりましたね。
NHK的には、絶対に外せない人選ですもんね。
衣装は今政虎が身につけてる南蛮渡来風な鎧でしょうか。いや、新調するか。
紅白でヘンな小芝居をやられるのはGacktに限らずかなり恥ずかしいので、
願わくはフツーに歌っておしまいにしてほしいものです。
メンバー的に、今年も白が勝ちそうな予感。

で、川中島。
さすがに1話延ばしたツケが来ているような気がしますねえ。
川中島という緊張感もあるし、武田勢の決意や意気込み、
上杉軍の覚悟っていうのもちゃんと伝わってくるんですけど、どこか間延びして見える。
普通に次回で終わりだった方が、バランスが良かったんじゃないかなあ。
川中島にやっと霧が……ってところで「待て次号!」みたいになっちゃって、
「えー、まだー!?」って思ってしまいましたよ。(苦笑
政虎も暇なのか、琵琶ばっかり奏でてるし。(爆
その政虎、周りの家臣がみんな草鞋なのに、自分だけブーツってのはどうなんでしょうかね。
明らかに草鞋の方が歩きにくいと思うんですが、そういう差は上杉の義にもとらないのか?
あ、いらんところにツッコんじゃったよ。(苦笑

川中島といえば、最近角川映画の「天と地と」を見ましたが、
濃い霧がさーっと晴れたところへ、上杉の大群が姿を現すシーンには鳥肌が立ちました。
しかもBGMが毘沙門天の真言「オンベイシラ マンダヤ ソワカ」ですからかなり不気味。
小室哲哉の劇中曲は、素晴らしく映像にマッチしていたと思います。
ただこの映画、(自分的には)ここしか見所がなく、しかも内容が……以下自粛。(汗
武田を赤、上杉を黒、にしたまでは良かったものの、
謙信と一騎打ちする宇佐美定行の軍が緑に統一されていたのにはさすがに苦笑。
この「天と地と」、今度テレビ朝日の開局50周年記念ドラマスペシャルでやるそうですね。
宇佐美役が角川版と同じ渡瀬恒彦さんですが、気になるのが、

毘沙門天:北大路欣也

というキャスティング。動く毘沙門天?
海音寺潮五郎の原作を読んでないので分かりませんが、
いったいどういう毘沙門天の現れ方になるんでしょうか。
だけど何でわざわざ似たような時期に同じ素材を持ってくるんだろう、テレ朝……。
[ 2007/12/04 23:19 ] 風林火山 | TB(0) | CM(2)

「トシ……」でいっぱい 

今月13、20日のNHK木曜時代劇枠で「新選組!! 土方歳三最後の一日」を再放送!
昨日の「音二郎」で山南さん的堺さんを見て、
また「組!」が見たいなと思っていたのでまさにタイムリー。
昨年の放映時以来リピートしていないので、また新鮮な気持ちで見れそうです。
思えば「組!」のときの12月は、異様な空気の中で生活していた気がします。
とにかく1週間が重くて辛くて悲しくて。
ドラマなのにドラマじゃない……みたいな、ね。
やっぱり自分には特別な1年だったなあ、2004年。

そんなところへ、Akiさんのところ「新選組!的な脳内メーカー」が紹介されてました。
かの有名な「うそこメーカー」と「成分解析」が合体したタイプみたいですね。

さてやってみますと。
じゃ~んっ!

解析結果

・「トシ……」 45%
・井上源三郎のお茶 41%
・永倉新八の「悪口を言っていいのはオレだけだ」 9%
・ロマンチ 5%


 わ~い(?)、ロマンチ入ってます。(笑
 「トシ……」はどう理解すればいいんですかね。
 頭の中が、歳三でいっぱいってことか?(苦笑


因みに同じやつで「前世の脳内メーカー」というのを見つけたのでやってみると、
 ・戦 47%
 ・逃 38%
 ・仁 8%
 ・遊 5%
 ・優 2%
う~ん、結構ヘタレみたいです。(苦笑
[ 2007/12/03 22:01 ] 新選組! | TB(0) | CM(0)

恐れを知らぬ川上音二郎一座 

日比谷に新しくできたシアタークリエ。
本日行ってまいりました。
こけら落とし公演、三谷幸喜作・演出「恐れを知らぬ川上音二郎一座」です。
正面にかかった「満員御礼」の看板が、注目度の高さを思わせます。

シアタークリエ さて新しい劇場。
 前の芸術座時代を知らないので比較はできませんが、
 やはり劇場としての狭さは否めません。
 入り口から入ったら、まず階下のロビーへ降りますが、
 入り口も狭ければロビーも狭く、
 劇場に入ったときの何とも言われぬ高揚感(?)がありません。
 空間が狭いので、結局何をするにも行列。
 日比谷のスタイリッシュな劇場を謳っているだけに、
 その点はちょっと残念ですね。
 舞台のほうは、客席との距離感も程よく、
 場所に関わらず概ね見やすい箱ではないかと思われました。
ただ、座席が飛行機並みの狭さなのが難点ですね……。
つまり、この劇場、全体にどの部分も狭いんだな。
とはいえ、私は後方席でしたが、全体を綺麗に見渡せましたよ。

さて舞台の中身ですけれども。

明治32年、川上音二郎はアメリカ巡業の旅に出ます。
ところが悪徳マネージャーにお金を持ち逃げされ、役者にも愛想をつかされ、
一座は絶体絶命の状態に陥ります。
そのとき音二郎はイギリスの名優ヘンリー・アーヴィングが演じる「ヴェニスの商人」を見、
「俺たちもこれをやる!」と無茶苦茶なことを言い出します。
どうせ観客は外国人。日本語なんか分からないとデタラメな芝居をでっち上げ……。


主演は一応音二郎のユースケ・サンタマリアと貞奴の常盤貴子ですが、
そこは三谷さん、全員が際立つ群像劇に仕上がっていました。
これまで目にした評判は、正直そう芳しいものではなかったので、
実は期待半分、不安半分な気持ちだったんですが、単純に面白かったですよ!
充分に笑わせてもらいました。
確かに三谷テイストというんでしょうか、伏線を張りまくってそれが最後にドンと落ちる、
そういう仕掛けはないですし、笑わせて最後に泣かせるというのもありません。
その点では深みに欠け、作品としての物足りなさは感じるかもしれません。
でも、土地柄や劇場の背景を考えると、新しい客層が多いだろうという想像もできます。
とすると、初めてお芝居を見る人でも簡単に入り込めてしっかり笑えるという意味で、
こけら落としにふさわしい喜劇作品になっていたのではないでしょうか。
三谷さんがそう意図したかどうかはわかりませんけれども。(苦笑
一緒に行った芝居慣れしていない友人は「面白かった」って満足してましたし、
隣席のおじさんは最初から最後まで笑いっぱなし。
笑ったら元気になれるというのを実感できる舞台でした!


☆最後に個々の役者さんについてちょっとだけ。

ユースケ・サンタマリア(川上音二郎)
普段のユースケそのままです。(笑
女好きで、いい加減ですぐ大風呂敷を広げるあたりは音二郎とかぶりますし、
リアクションの仕方なんかは地のままじゃないでしょうか。
三谷さんのアテ書きが活きていました。

常盤貴子(川上貞)
思ったより声が通っていました。
お芝居はまだ映像寄りなところがありましたし、舞台での存在がやや細いので、
舞台に立てば誰もが注目する美しき大女優としてよりも、
夫を案じ、一座のことも心配している「貞」という女性としての演技が光っていました。
みんなが貞を気にかけるのも分かります。

戸田恵子(助川タエ)
音二郎と貞を見守り励ます助川さん。姐御肌だけどちょっと抜けている。
いつもの戸田さんではありましたが、安心感を与えてくれる存在は何物にも代えがたいです。
今回の舞台のテンポを保っていたのは戸田さんだったように感じました。

堺雅人(伊達実)
山南さんを彷彿とさせます!!!
音二郎一座にいるので、山南さんよりはラクに生きている人ですが、
座付き作者の伊達としては、音二郎の作るいい加減な舞台が許せない。
何度も軌道修正しようとしますが、ことごとく裏切られていきます。
みんなの芝居を受けてシーンを締めていくという多分一番難しい役どころ。
ドタバタな舞台をしっかり支えていたのは堺さんだったのでは。
それだけに、最後のシーンにはホロリ。

堺正章(甲本与之助)
一番頑張っている方です。
1人で何役もこなして走り回り、千秋楽まで体力も声ももつんでしょうか。心配です。
が。
その芝居と存在はあったかく、一番ホッとさせられます。
やはり役者さんたちのバランスって大切ですね。

浅野和之(津田山蔵人)
なんと女形です。
男が女を演じるなんてとアメリカでは不評の女形ですが、
女形としてのプライドも望みも捨ててはいません。
そんな微妙な立場を演じた浅野さん。いつもながら巧みでした。

今井朋彦(飯尾床音)
一座のスター役者を自負しています。
上から目線の役を、不快にならないように演じているのはすごい!
そんな人にあの格好は反則だよなー。(爆

堀内敬子(伊東カメ)
津軽弁サイコーーーー!(笑
あの滑舌のよさはピカイチですね。
愛くるしい表情で津軽弁をまくし立て、純朴そうな顔して実はしたたか。
そんなギャップあるカメちゃんを、好感度たっぷりに演じてくれました。

阿南健治(大野熊吉)
威勢のいい江戸っ子を思わせます。
舞台の中をさっと駆け抜けていく姿は、上がりきったテンションを逆に緩めてくれます。
出番が多いわけではないけれど、バッチリ印象に残ります。

小林隆(小村寿太郎)
小村寿太郎はこんな人ではないという意見には意味がありません。(苦笑
この舞台におけるボケ役です。弄ばれています。
しかし締めるところは締め、外交官としては実は切れるんだろうなと思わせてしまう。
地味かもしれないけど、さすがな役者さんです。

瀬戸カトリーヌ (ホイットモア夫人)
多分、一番愉しんでたんじゃないでしょうか。美味しい役ですしね。
ホイットモア夫人が出てくると一緒にワクワクしちゃう。
それだけに、後半、役自体の存在が薄くなってしまったのが残念。
三谷さんには、最後まで掘り下げて欲しかったなあ。

新納慎也(野口精)
三谷作品には珍しい気がしますが、いわゆる二枚目な役どころです。
登場人物中、唯一普通な人?(笑
誠実さと人の好さが滲み出ていました。他のお芝居も観たいかも。

小原雅人(綿引哲人)
音二郎たちを窮地に陥れた張本人です。
でも悪党も人間なんだと思わせ、なぜか憎めない。
舞台姿も大きく見えるし、存在感もあるだけに、
今回はちょっともったいない使い方だったかもしれません。

ベーカー・ウィリアム・ヒュー(ヘンリー・アーヴィング)
超チョイ役です。でも一番美味しいお仕事だったかもしれません。
だって、ヘンリー・アーヴィングなんですもの。
ということで、ちょっと感想書きようがありません。(苦笑
[ 2007/12/02 23:39 ] 舞台 | TB(0) | CM(3)