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そういえば徳島 

お世話になっているびびんばさんのブログで、「よく話題になるライバルの話」として、
都道府県の対抗意識調査についてのニュースが取り上げられてました。
元記事の方に具体的な図表が載ってるんですが、
ちょっと古い記事とはいえ巷で囁かれているウワサは本当なんだなーと思わされる結果です。

関東圏の栃木・茨城・千葉・埼玉・群馬あたりは、
ライバルは東京じゃなくて、関東圏2位争いみたいな様相。
この地域のライバル争いはすでにネタ化してますが、それがそのまま結果に出てますね。
ざっと見た感じ、どこもほぼ隣県をライバル視してるわけですが、福岡はなぜ愛知なの?!
理由に「福岡より少し都会だと思うから」っていうのがあるんですが、でもなぜ愛知なの?!
びびんばさんも突っ込んでおられた四国は、他3県が香川県をライバル視!
さすがはうどん県ですな。
……で、ふと思い出したんです。
そういえば私、一生足を踏み入れる機会なんかないんじゃないかっていう「四国」に、
それも「徳島」に旅行したんだったわ……!!!ということを(しかもかなり前)。

徳島城址

とりあえずお約束のお城、徳島城。
枡形を見ると「わあ、お城だあああ!」とテンション上がりますね。(笑)
徳島城は、あの蜂須賀小六の嫡男、家政が天正13年(1585年)に築城したお城です。
思い返してみると、幕末期に徳島藩の名を耳にした記憶がないんですが、
蜂須賀家は名字も「松平」をもらっていたそうですし、高松松平家から養子をもらったり、
藩主の父が11代将軍徳川家斉だったことがあったりと、
いわゆる徳川家の血筋として公武合体を目指してはいたようですね。
でも戊辰戦争も終盤にどうやら新政府軍として東北へ派兵しているようで、
それによって処分は免れたということのよう。
ザックリしか調べておりませんが、
この時期、他の藩同様に混乱があったんだろうなと察しますが、
幕末という時代の表舞台に立つような役割までは演じていなかったのでしょうか。


さて徳島といえば、渦潮。
鳴門海峡の渦潮ですよね。

渦潮

クルーズ船に乗って渦潮を見に行き、
「わー、初めて見る渦潮すごーい! 本当に渦巻いてる~」とか小学生並みにはしゃいでたんですが、
帰宅してその話をしたら、「修学旅行で見たじゃない」と高校時代の友人が一言。
あれ? 渦潮見たっけ……。


ところでなぜ新幹線と飛行機を乗り継いで徳島までやってきたかといいますと、これ。

十二単

十二単を着ることのできる旅館があると聞いて、「これは体験するでしょう!」ということだったんです。
十二単は太秦とか日光江戸村とかでも変身コーナーで体験できた気がしますが、
寝殿造りのお宿で平安貴族の遊びを楽しんだり美味しいもの食べたり温泉入ったり、
至れり尽くせりの姫生活ができるとなれば、やはりこちらへ来たくなるというもの。

十二単

袴を履いて、ちゃんと裳裾もつけて、扇子も持たせてもらって、本当にリアル十二単。
着付けに興味津々、めったに出来ない体験に興奮しつつも、これ、

重い!

本当に重くてすべてが「腰」に来ます!!!
しかも袴も引きずるタイプなので蹴らないと歩けないという、優雅とは程遠い状態に。(苦笑)
これで過ごすということは、よっぽど時間がないと難しいなあと思いました。
着替えるのも移動するのも一人じゃ無理だし時間かかるもの。
そういったあたりに、「時代」を感じましたね。
私は結構変身願望が強いので、こういうコスプレちっくなイベントは大好きです。


最後はやはり食べ物で〆ますかね。
地元の方にお伺いしたら、徳島のソウルフードは「フィッシュカツ」だと。
子どもの頃からおやつに買食いするほど、慣れ親しんでいるのが「フィッシュカツ」だと。
とにかく「フィッシュカツ」を推されましたので、食べてみました。

フィッシュカツサンド

サンドイッチになっている「フィッシュカツサンド」です。
フィッシュカツって、香辛料の効いた練り製品を平たく伸ばして、
衣をまぶしてフライにしたものなんですね。
そのまま食べたり、カツカレーみたいにカレーに乗せたり、パンに挟んだりするんだそうです。
練り製品とパン……?と思いましたが、香辛料の効果もあってか、意外と合います。

南の方へ来るといつも思いますが、やはり空が広いですねえ。
周囲の樹木も南国のものになって、体を纏う空気もどこか生暖かくて。
同じ日本でもその気候風土は随分違うと実感しますね。
また新しい体験を求めて、旅に出たくなってきました。
[ 2017/04/01 01:35 ] | TB(0) | CM(4)

パワースポット 

明治神宮へ行ってきました。
ここは良い縁(結婚に限らず)に導いてくださるパワースポット。
来年度は「ご縁」がキーワードだそうなので、
時間の合間をぬって久しぶりに参拝しました。

明治神宮

明治神宮はいつも靄がかかっているイメージが有るのですが、
この日はちょうど雨上がりの後だったので、かなり濃く靄がかかっていました。
鳥居をくぐると、空気がガラリと変わる瞬間がとても好きです。

11月ということで、七五三参りの家族を多く見かけました。
外国人の観光客も多かったので、子どもたちは写真モデルにひっぱりだこでしたよ。
結婚式も一組あって、記念写真の撮影を興味深そうに見ている外国人も多かったです。
明治神宮での挙式だと、みなさん和装ですからねー。

菊まつり

こちらでも菊まつりが開催されていて、奉納された作品が参道や境内に並んでいました。
たった1本の菊から、何百という数の菊を咲かせ、ひとつの形を作っていく。
以前菊を育てている方にお話を伺ったことがありますが、
それはもう本当に大変で、家族や仲間の協力なしにはできないとおっしゃってました。

来週からはかなり寒くなるとか。
急速に秋が深まりそうですね。
[ 2013/11/08 23:29 ] | TB(0) | CM(2)

雲切目薬 

善光寺へ行ったら、どうしても寄りたいところがありました。

笠原十兵衛薬局

目薬の「雲切目薬」を扱う薬局です。
創業がなんと1543年(天文12年)。
種子島に鉄砲が伝来したとされる年であり、
越後は長尾為景が亡くなって混乱を極めている時期。
景虎(もちろん後の謙信のほう)少年がお兄ちゃんの晴景の命で栃尾城に入った頃です。

そんな頃から営業しているお店を逃すわけにはまいりません!

善光寺を背に、仁王門の手前の小路を左に入って少し行った左手に、その店はありました。
HPによると、当初は「眼界堂 笠原十兵衛薬房」という店名で、
以来善光寺の参拝客を中心に目薬一筋で商売をしてきたとあります。
1827年(文政10年)刊行の「諸国道中商人鑑」にも掲載されていますし、
講で立ち寄っていく人も多かったそうですから、昔から有名な薬だったのでしょう。
現在の建物は新しくなっていますが、土蔵造りの店構えがかつてを忍ばせます。
店内に入ると、昔の薬箱や薬研、看板などが置いてありました。

笠原十兵衛薬局

ポルトガル人から製造方法を伝授され、この地で開業。
もともとは軟膏で、目を開けていられないほどしみる薬だったとか。
「目に軟膏?」と一瞬思ったのですが、そういえば私も子どもの頃は、
結膜炎で眼科に行くと軟膏を塗られたことを思い出しました。

雲切目薬パッケージ

目の疲れ、結膜充血、目のかゆみ、目のかすみなどに効果があるとされ、
花粉症の諸症状にも効くとあります。
以前はお店の裏で薬研を使い、代々笠原家の女性たちが作っていたそうですが、
薬事法の改正に伴い、今では製薬会社に委託して製造しているとのこと。
主成分はオウバク。
オウバクは元祖雲切目薬にも入っていた生薬で、漢方で言うところの「苦寒剤」。
熱を冷まし炎症を鎮める効果があるそうですよ。
オウバクは木曽に多く生息していたようで、昔はこれを煮出した液で目を洗っていたというあたりに、
長野という土地や歴史が見えていいですね。

雲切目薬α

今の薬はもちろん液体。
薄い黄色は、オウバクの色でしょうか。
使ってみると、しみるというよりもメンソール的な爽快感がありました。
ただし市販の目薬よりかなりきついです。
その代わり、目を開けたときのスッキリ具合がまさに「雲が切れた」よう。
昔の人は、本当に命名の名人です。
[ 2013/09/22 01:35 ] | TB(0) | CM(6)

牛に引かれて善光寺参り 

この夏、いつも仲良くしていただいているAkiさんと長野を旅してきました。
私にとって長野市は「もう何度目か?」というくらい、
かつては毎年のように訪れていたところですし、
ブログでも過去にすでに記事にしているので、
サラッと思い出でも書いてみようかと思います。

何度も来ていた長野ですが、実は今回なんと8年ぶりでして。
本棚から引っ張りだしたガイドが古い古い。(苦笑)
それなのに、訪れてみたらほとんど変わっていなかった長野……!


精進料理

長野といえば善光寺。
善光寺といえば宿坊。
宿坊といえば精進料理。
……ということで、到着早々淵之坊さんで精進料理をいただきました。
お肉やお魚を一切使わないお料理。
田楽や胡麻豆腐なんかは定番ですが、胡桃や野沢菜に長野という土地を感じます。
写真に撮りませんでしたが、このほかお蕎麦やおこわもついて、
豆や野菜だけとはいえ、なかなかとボリュームがありました。


腹ごしらえがすんだら、そのまま仲見世を上がって善光寺へ。
善光寺なんてあまりに有名すぎて、ガイドすらろくに読んでなかった私。
山門正面に掲げられた額が通称「鳩字の額」と言われるもので、
輪王寺宮公澄法親王の筆(享和元年/1801年)であることを、今回初めて教えてもらいました。

鳩字の額

この額の文字の中に、鳩が5羽隠れてるんだそうです。
眺めてみると、鳩よりもまず、「善」の字が牛に見えてしまうのですが、
みなさんいかがですか?
しかしなんで鳩なんでしょう?
江戸時代、鳩は人々にとって信仰の対象にでもなっていたのでしょうか。
それとも身近な鳩だからこその遊び心?


善光寺

善光寺ではもちろん恒例のお戒壇めぐりをしてきました。
御本尊様の下が回廊になっていて、一周して錠前を握ると、
「極楽浄土へ行ける」「仏と結縁する」と言われています。
本来はこの一筋の光さえも射さない闇の中を心静かに歩き、擬死再生を体験するものでもあるのですが、
この日もお戒壇巡りをされる方がとても多くて、とてもそういう感じにはなりませんでした。
一歩足を踏み出すと前の人にぶつかる。
ちょっと立ち止まると後ろの人がぶつかってくるという具合で、
挙句には錠前をガチャンガチャンと打ち鳴らし、
「あったあった、ここにあるよ~~~」
なんて親切にお仲間にお知らせしてる方もいらしたりなんかして、
かなり俗世に浸ったままめぐってしまいました。
これも有名な善光寺だからこそ。
通常運転です。(苦笑)


ところでこの善光寺の境内に、「ぬれ仏」と呼ばれるお地蔵様がいらっしゃいます。
なんと、あの八百屋お七の冥福を祈り、相手の吉三郎が建てたという言い伝えがあるそうで。
当然「なぜ長野の善光寺に?」という疑問がわくわけですが、このお地蔵様、
享保期に全国から喜捨を集めて造立した延命地蔵尊とWikiには書いてあります。
しかしそれがなぜ八百屋お七とつながるのか……。
今週から始まるNHKのドラマを見たら何かわかるのかなー?(笑)

ぬれ仏

恋に身を焼いた少女というよりは、肝っ玉母さんの風格ですよね。
子どもの守り神として信奉されているというのもうなずけます。


さて、本日の御三時はThe Fujiya Gohonjinのカフェで。
ここ「藤屋」さんは、加賀藩の本陣だったところです。
ということは参勤交代の折、前田家は長野経由で江戸へ入っていたということですよね。
調べてみると、
北国下街道(金沢-富山-上越-長野-信濃追分)を経由して中山道(軽井沢-高崎-大宮)
全行程480キロを40キロ/日のペースで12泊13日

というのがメインルートだったようです。
もうひとつ、北国下街道は道路事情が良くないこともあり、
北国上街道(金沢-福井-武生-今庄-木之本-関ヶ原)を経由して中山道
あるいは北国上街道から大垣-名古屋を経て東海道の600キロ/660キロ

という遠回りコースも使用していたようです。
ただしこちらの遠回りコースは親藩や御三家の支配地を通るため、気苦労が多かったとか。
(石川滋賀県人会様より引用)
そんな歴史と趣ある洋館で、本わらび餅の丹波黒豆ジェラート添えを。

本わらび餅

やっぱり本わらびは美味しいですよね。
もっちりでトロトロで♪


Akiさんに言われて気づきました。

ガードレール

ガードレールがりんごちゃん♪
さすが長野。
今までもりんごのガードレールだったのか、それともこの8年の間に設置されたのかしら?

あれ? 全然サラッとじゃなかったー。(苦笑)
[ 2013/09/16 23:56 ] | TB(0) | CM(8)

「ありがとう、スカイツリー」 

5月22日にオープンした東京スカイツリー。
解体作業も順調に進んで、来年2月には終了予定。
そして「東京スカイツリー2(仮称)」の建設が再来年より始まるとのこと……。


というのはもちろんウソです。
いやはや、虚構新聞さんはときどき秀逸な記事をUPしてきます。(笑
「ありがとう、スカイツリー」という記事も、
ありそうでなさそうな理論で妙に納得させられてしまいます。

そんな東京スカイツリーに、先月行ってきました。
もちろん解体されてませんでした。(笑

東京スカイツリー

建設時の様々な映像から、スカイツリーの美しさはその曲線にあると思ってたんですが、
こうして写真に撮ってみると結構直線に見えますね。
でもスカイツリーは見る場所や角度によって表情が変わるそうなので、
もっと離れた場所からだと、私の思う曲線美が現れるのかもしれません。
夜の訪問だったためあまりよくわからないかもしれませんが、
私はスカイツリーにはもう1つ独特の美しさがあると思っていて、
それはこのツリーの色です。
白なんだけど、普通の白じゃない。
もっとやわらかくて、そう、磁器のような感じとでもいうんでしょうか。
調べてみると、「スカイツリーホワイト」というオリジナルのカラーで、
日本の伝統色である「藍白(あいじろ)」をベースにしているんだそうですね。
白にほんの少し青を加えた色……だから磁器のようなやわらかさが出るんでしょうか。
このあたり、スカイツリーについてはほぼ日さんに詳しく載ってます。

スカイツリーに上ってみたら、東京が一望できる……。
確かにそんな魅力的な場所ではあります。
でも私にとっては、スカイツリーが下町にあるってことがポイントなんです。

スカイツリーから

目の前を隅田川が大きく弧を描いて流れているだけでトキメキが☆
東京の地理にはそう明るくないので確かではありませんが、
方向と川の流れと地図を見比べると、奥に見えるのは「白鬚橋」かな?
この辺りは江戸の朱引があった場所で、八百善とかもこの付近に店を構えていたはず。
ネオンが輝き、高層ビルのランプが灯り、どこをどう見てもメトロポリタン。
でもその地形には江戸の面影がたくさん残っていて、
眺めているだけで江戸の喧騒へといざなってくれます。
この風景に江戸の地図を重ねて見比べたいと、
江戸スキーなら誰でも思ってしまうんじゃないでしょうか。
何もかもが見えてしまう昼よりも、夜のほうが妄想を掻き立てやすいかも。
現代技術を駆使した世界一高い塔の上で江戸時代を思う。
ちょっとオツな遊びだなと思いました。
[ 2012/09/08 00:48 ] | TB(0) | CM(2)

そして娑婆へ。 

山籠もりの生活も1週間を越えたころ、ようやく下山の日がやって参りました。
来たときよりも軽くなるはずだったスーツケースがなぜか重くなって、
それをずるずる引きずりながら娑婆への道を走ります。

そしてミュンヘン着。

ミュンヘン

うわー、都会だああああ!
店の外にテーブル並べてるのとか、こういう街並みを見ると、
「ヨーロッパに来たんだなあ」と思います。
左側に見える看板はかの有名な「ホーフブロイハウス」ですねー。
たまたま写したらたまたま写りこんでいたという。(笑

さてミュンヘンでは、私の大好きな美術館アルテ・ピナコテークを堪能し、
BMWの博物館の巨大なショールームに度肝を抜かれ……。

Schloss Schleissheim

やってきたのはやっぱりお城!
城めぐりスキーとしては、ヨーロッパのお城も外せません。
今回はバイエルン地方で行ったことのないお城~と思っていたんですが、
調べてもらったらミュンヘン近郊にシュライスハイム城なるものがありました。
行ってみたら、これがまた随分と広いお城でした。
旧宮殿、新宮殿、ルストハイム宮殿の3つからなっているのですが、
見どころは1719年に完成した新宮殿でしょう。
外観はウィーンのシェーンブルン宮殿のようであり、中はヴェルサイユ宮殿のようです。
でもヴェルサイユほどは広くないので、見て回るのにはお手ごろ。
上の写真は鏡の間の裏手にある回廊で、赤の壁紙がとても印象的。
現在はアルテ・ピナコテークの別館としてルーベンスの絵などが展示されてました。
やはりバロックのお城とかカトリックの教会は派手です。

お城を見つくしたあとは、結局これに行きつくんだな。(笑

ケーキ♪

出てきたときにびっくりしました、あまりに大きくて。
「え? そんなことないでしょ?」と思ったそこのアナタ。
隣りのカフェオレカップと比べてください。
ヨーロッパのカフェオレカップはどんぶりくらいの大きさがあるんですよ。
それより大きいケーキって、どんだけ!!!
それでもこれを難なく平らげ、夜は夜でベトナム料理に舌鼓を打ったのでした。
いくら1週間俗世を離れた生活をしていても、
凡人はあーっという間に娑婆の暮らしに馴染んでしまうんですねえ。(笑

久しぶりのドイツは、くたびれながらも楽しい2週間でした。
[ 2012/08/16 22:30 ] | TB(0) | CM(6)

ウラシマタロウのはずが。 

ちょっと前にヨーロッパから戻ってはいたんですが、
仕事は詰まってるわお盆だわでまったく休む暇もなく今日まで来てしまいました。
時差ボケはないですが、とにかく疲れてるのと暑いのとで眠い。
寝ても寝ても寝たりないです。

私がいたのはこんなところ。

ホテルからの眺め

ホテルのレストランからの眺めです。
標高800m以上の山の上だったので、毎日薄いコートを着てました。
日本の茹だるような夏の存在を忘れる涼しさ……。
というか、むしろ寒くて厚手のフリース着てた日もありました。

裏手のほうへ歩いていくと、こんな風景に出合います。

牛さん

もちろんケータイの電波を拾うのは至難の業です。
スマホ片手に部屋の中だけでなく、村の外までウロウロさせられる始末。
山には様々なハイキングコースが設定されていて、どれも結構な時間がかかります。
歩いたらさぞかし気持ち良いのだろうとは思いましたが、
往復1時間くらいでちょっと、なんて甘いコースはありませんでした。(苦笑

じゃあそんなところへ何をしにいったのかというと。

オルガン

オルガン弾いてました。
とても綺麗な教会で、オルガンも本当に素晴らしい音色。
教会は一日中祈る人の絶えることがなく、朝や晩はシスターの姿も見られました。
そんな空間にいると、クリスチャンではない自分でも、自然と祈ろうという気持ちになります。

部屋にカラーテレビはついていましたが、
「自分でつないでください」的にケーブルが放置されていたので、
めんどうくさくてテレビも見ませんでした。
というか、周りは山と牛(笑)、教会……なんてところにいると、
テレビを見る気にならないもんなんですよね。
スマホが思うようにつながらないのもあってニュースも入らないですし、
完全に隔離された状態と言ってもいいです。
結果、山から下りたときには完全にウラシマタロウでした。
オリンピックも結局何一つ見なかったからな……。
でも、そんなちょっと世俗を離れた生活も悪くないです。
今の時代、音と情報に溢れすぎているだけに、
こうして心静かに過ごす時間はある意味貴重だと思います。

だけどねー、俗世を離れた世界のはずが、
滞在してたホテル、ご飯がめちゃくちゃ美味しかったんですよ。(笑

豚フィレの煮込み

これは豚フィレの煮込みとシュペッツレ。
毎日鳥さん、お魚、パスタに、スパークリングワインやカクテルやシャーベットと、
もう本当にどれも美味しくて美味しくて、これのどこが世俗を離れた生活だよと。(爆

夜は疲れ果てて、歯ブラシくわえたまま寝ちゃってたこともあるくらいでしたが、
それでもとても幸せでありがたい毎日でした。

……お料理で、私がだいたいどのあたりにいたか見当がつくかもしれませんね。
[ 2012/08/15 11:46 ] | TB(0) | CM(4)

もうすぐ 

帰国だよ(*^_^*)ノ

[ 2012/08/09 16:42 ] | TB(0) | CM(6)

ランチなう。 



山の中での引きこもり生活も5日になりました。
ホテルの料理が思いの外美味しくて太りそうーーー!
今日のお昼はカリカリのじゃがいものレスティと、
炒めたきのこ&ベーコン。
グリーンサラダは消化しました。(笑
ビールが欲しくなるけど我慢の子!
[ 2012/08/01 20:11 ] | TB(0) | CM(4)

着いた… 



そんなこんなでヨーロッパに来ました。
暑いのか寒いのかよくわからない天気です。
出入国審査が前回よりずっと厳しくなった気がします。
それだけで疲れたよー。
[ 2012/07/29 03:33 ] | TB(0) | CM(0)